原発制圧正当化・核共有「議論の余地」・ノーベル賞作家 - 日本経済新聞

原発制圧正当化・核共有「議論の余地」・ノーベル賞作家 - 日本経済新聞

04.15

世界を揺るがせたロシアによる原発制圧。プーチン大統領はウクライナの核開発疑惑に言及し、世界を再び驚かせました。自民党の茂木敏充幹事長は米国との核共有論に「議論の余地がある」と発言、非核三原則を重視する岸田文雄首相との温度差をにじませます。「戦争は女の顔をしていない」の著者でノーベル賞作家のアレクシエービッチ氏らは「核の脅威は全人類に及ぶ」と懸念しています。(国際報道センター長兼Nikkei Asia編集長 奥村茂三郎)

プーチン氏「ウクライナ核保有」主張 原発制圧を正当化

ロイター

ロシアのプーチン大統領は5日公開の映像で、ウクライナについて「核兵器を取得し、核保有国の地位を得ようとしている。見過ごすわけにはいかない」と主張した。根拠のない核兵器の開発疑惑を口実に、ウクライナへの侵攻や原子力発電所の制圧を…続きはこちら

茂木氏「核共有は議論の余地」 非核三原則との整合性

自民党の茂木敏充幹事長は6日のBS朝日番組で「核シェアリング(共有)」政策と非核三原則の関係について「ただちに違反するか否かは議論の余地がある」と語った。「日米安保同盟は北大西洋条約機構(NATO)の集団的防衛体制とは性格が違う」と…続きはこちら

「ロシア国民に真実を」 ノーベル賞作家らが反戦へ訴え

AP

「この罪深い戦争を止めなければならない」。ベラルーシのノーベル文学賞作家、スベトラーナ・アレクシエービッチ氏ら著名作家は5日、複数の欧州メディアで声明を発表した。ロシアのウクライナ侵攻を止めるために「完全な真実」をロシア国民に伝…続きはこちら

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ムラブリ族の文字のない言葉を研究する言語学者・伊藤雄馬インタビュー|オリコン|北國新聞 - 北國新聞デジタル

14.50
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 ラオスで狩猟採集を続けるムラブリ族を追ったドキュメンタリー映画『森のムラブリ インドシナ最後の狩猟民』(3月19日より全国順次公開)に出演・現地コーディネーター・字幕翻訳を手がける言語学者・伊藤雄馬のオフィシャルインタビューが届いた。

【動画】ドキュメンタリー映画『森のムラブリ』予告編

 6ヶ国語を自由に話せる伊藤は、ラオスで狩猟採集を続けるグループへの接触を試み、世界で初めて、ムラブリ族の謎めいた生活を撮影することに成功。ムラブリ族は言語学的に3種に分けられることが判明し、お互い伝聞でしか聞いたことのないタイの別のムラブリ族同士が初めて会う機会を創出する。また、今は村に住んでいるタイのムラブリ族の1人に、以前の森の生活を再現してもらうなど、消滅の危機にある貴重な姿をカメラに収めた。

■伊藤雄馬(Yuma Ito)

1986年生まれ。島根県出身。言語学者。京都大学大学院文学研究科研究指導認定退学後、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所にて日本学術振興会特別研究員(PD)。2018年より、富山国際大学専任講師。学部生時代から、タイ・ラオスを中心に現地に入り込み、言語文化を調査研究している。ムラブリ語が母語の次に得意である。論文に「ムラブリ語の文法スケッチ」(『地球研言語記述論集』)、"A Note on Terminology for Bamboo and its Use in the Mlabri, a Hunter-gatherer Group in Thailand"(『富山国際大学紀要 現代社会学部』)など。

――本作に関わるようになった経緯をお教えください。

【伊藤】2017年に金子遊監督とタイ北部のナーン県のフワイヤク村の調査地でお会いしました。僕は調査で2週間くらい滞在していました。金子監督はムラブリの噂を聞いて来られ、「日本人がいるとは思わなかった」と驚いていました。僕も日本人が来るとは思っていなかったので、「どうしたんですか?」と聞いたら映像を撮っている方とのことで、僕は自己紹介がてら「ムラブリの方言を比べる研究をしています。お互い嫌い合っていて、避けているんですが、引き合わせてみようと思っていて」という話をしたら、「それ、映画になりそうですね」という話になりました。

――ムラブリ語の魅力はどこにありますか?

【伊藤】僕が一番好きなのは音・響きです。映画でも何回か出てきますが、森の中でも遠くまで響く裏声の歌声のような音が好きです。

――ムラブリ族は言語学的に3種に分けられるため、伊藤さんは3つの方言を研究しているとのことですが、「言語学者」とはいえ、ノマド生活を送るラオスのムラブリ族の文字のない言葉を研究するには、彼らが今密林のどこにいるか突き止めて、実際に話して辞書を作る必要があり、言語学だけでなく人類学的な要素もあるように思います。例えば英語などのほかのメジャーな言語の研究との違いはありますか?

【伊藤】まず、文字資料がないことが違います。英語などのメジャーな言語だと文字資料がたくさんあり、それを用いて研究できますが、ムラブリ語は文字を持たないので、自分で資料・データを得なければなりません。フィールド言語学という言い方をするんですけれど、現地に行って、自分でデータを取ってきて分析をするという手法の言語学です。文字がないので、英語の辞書にある発音記号のようなものを使って、会話などを書き起こして分析します。

――コロナ前は、年に何回位、1回何日くらいインドシナに行っていたんですか?

【伊藤】年に2回は行っていました。多い時で3、4回。1回大体1ヶ月くらい森の村に滞在します。

――世界で、他にムラブリ語を研究している人はいますか?

【伊藤】僕は大学の学部時代からやっているので10年以上になるんですが、そのくらいの期間、継続的にムラブリ語を研究しているのは僕だけです。たまに単発で研究する研究者はいますし、「一緒に研究しましょう」という人は常にいますが、続ける方はいないですね。

■ムラブリの民がわたしたちに教えてくれること

――ムラブリの人たちと接する際に心がけていること、金子監督に事前にお願いしていたことはありますか?

【伊藤】ムラブリはタイの中で「経済的に貧乏な人たち」とカテゴライズされています。タイは仏教国で、施し・寄付の文化があります。徳を積むために物を人にあげたりお寺にお参りに行ったりするんです。ムラブリに何かをあげることも徳を積む行為になっていて、毎日毎日外部の人が来て、服をあげたり、お菓子をあげたりするんです。その寄付は確かに助けになっているんですけれど、「お前たちは貧乏だ」「お前たちは施しがないと生きられない」というメタメッセージを含むことも避けられず、ある意味では侮辱なんです。

 外部の人たちは、施しにやってくる人たちばかりなので、僕も最初は「お前もそういう人だろう」という眼差しをムラブリから受けていました。何年も通って一緒に住んだりご飯を食べたり、ムラブリの言語や文化を学んだりすることで、「こいつは違う」ということを伝えてきたつもりです。「ありがとう、これお金」じゃなくて、「一緒にご飯食べよう。一緒にお酒を飲もう」というやり方で友達として付き合うということを続けていました。金子監督に直接言ったかは覚えていないですけれど、そういう僕の態度を金子監督はわかってくれていたと思います。

――本作で、金子遊監督のカメラがラオス側のムラブリ族の撮影に世界初成功したとのことですが、カメラに収めるのはどれ位貴重なことだったのでしょうか?

【伊藤】とても貴重です。ムラブリには“黄色い葉の精霊”という別名があり、その名前での知名度は高く、首都であるバンコクの人々でも知っているほど、伝説的な存在です。彼らは外部の人との接触を避けてきた時代が長く、ほかの人たちが近づくと逃げてしまい、残っているのがバナナの葉っぱを使った風除けだけでした。誰かがいた形跡があるけれど、誰も会ったことがない、だから“精霊”という名がつきました。“精霊”と言いましたが、現地語のニュアンスは“おばけ”に近いもので、蔑称です。現在では“精霊”とは呼びません。タイ側で定住した後のムラブリはさまざまなメディアで取り上げられていますが、“精霊”と呼ばれる理由となったムラブリの森での生活はまだ誰も撮影していません。ですから、今回ラオスの映像はとても貴重です。

――今は村に住んでいるタイのムラブリ族の1人に、以前の森の生活を再現してもらうというシーンがあります。もうご両親も亡くなっていて、森で裸の生活をしていないムラブリ族の当時の生活を知る上で、以前の生活を再現してもらってカメラに収めるというのは重要なことですよね?

【伊藤】再現といいますが、ムラブリは今も定期的に森に狩猟採集に出かけています。一週間くらいなら森で過ごすのは平気です。タイでもラオスでもムラブリは観光資源になっていますが、訪れるのは定住している村なので、観光客は「普通の暮らしをしているじゃん」とちょっとがっかりします。だから、観光業者が「ちょっと昔の生活を見せてやってくれよ」とお願いして、映像にあるような再現をすることもあるため、慣れているんです。彼らからしたら、散歩みたいなものでしょう。ただ、あの再現を堂々とできるのは森で生まれた世代だけです。20代にはもうできない人も出ています。その意味では、再現する行為でも森で生きる知恵を映像に残すというのは貴重だと思います。一方で、ムラブリを観光資源化することにもつながりかねないので、彼らにとっていいのか悪いのかはわかりません。

――本作では、お互い伝聞でしか聞いたことのないタイの別のムラブリ族同士が初めて会う機会を創出しますが、伊藤さんはそれぞれと話していて、それぞれが伝聞を信じて別のグループを「人食いだ」と怖れていることに以前から違和感を感じていたのでしょうか? 刺青をしている人は見たことがありますか?

【伊藤】「刺青をしているムラブリは悪いムラブリだ」という話をするそのおじいさん本人が刺青をしていたこともありました(笑)。そういうのを見て、「矛盾しているな」とは思っていたんですが、別のグループの話が「良いムラブリ、悪いムラブリ」の判断基準になっていて、言わば「規範」として現在も機能して、コミュニティを形成しているようにも見えます。僕の感じる矛盾や違和感を指摘することはせず、それが彼らのリアリティだと受け入れた上で、違うグループと会うことをどういう風に提案するかを考えました。

――本作の見どころはどこだと思いますか?

【伊藤】ラオス側のムラブリを映像に収めたのは初めてなので、これは見ていただきたいと思います。もう一つ、お互い人食いだと嫌い合って会っていなかった別々のグループにこの映画の最後の方で僕が呼びかけて会ってもらうんです。そのシーンも貴重で面白いシーンだと思います。映像ではカットされていましたが、僕は現場でニヤニヤしながら見ていました。「怖がらなくていいんだよ」と言いながら、お互いの言葉を、「それ、俺らと一緒だ」だとか「それはちょっと違うね」とやりとりしているのを見て、「こういう風に彼らはくっついたり離れたりをしているんだな」と思い至りました。「ムラブリの中でよく起きていたことなんだろうな、これからも起きていったらいいな」と思いました。喧嘩したり仲直りしたりというのは僕らにも日常的にあることですが、このシーンはムラブリの「出会いと別れ」の特徴が出ているシーンだと思います。

言語学者・伊藤雄馬さん=ドキュメンタリー映画『森のムラブリ インドシナ最後の狩猟民』3月19日よりシアター・イメージフォーラムほか全国で順次公開 (C)幻視社

言語学者・伊藤雄馬さん=ドキュメンタリー映画『森のムラブリ インドシナ最後の狩猟民』3月19日よりシアター・イメージフォーラムほか全国で順次公開 (C)幻視社

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追悼「一区切り」、風化に懸念 国会議論は低調、政府の姿勢変化も―東日本大震災11年 - 時事通信ニュース

追悼「一区切り」、風化に懸念 国会議論は低調、政府の姿勢変化も―東日本大震災11年 - 時事通信ニュース

10.15

2022年03月06日07時23分

浪江町東日本大震災慰霊碑前で黙とうする岸田文雄首相(右から2人目)。同4人目は西銘恒三郎復興相=2021年10月、福島県浪江町

浪江町東日本大震災慰霊碑前で黙とうする岸田文雄首相(右から2人目)。同4人目は西銘恒三郎復興相=2021年10月、福島県浪江町

 東日本大震災から11年目を迎える今年から、政府主催の追悼式は開かれない。東京電力福島第1原発の廃炉をはじめ被災地の課題はなお山積しているが、全国に拡大した新型コロナウイルス感染への対応などが国政の中心課題となり、国会での議論も活発とは言えないのが実情。政府の姿勢に変化の兆しもあり、風化を懸念する声が漏れている。

人口減、存続の危機 自主財源難、連携強化へ―福島第1原発周辺の町村・東日本大震災11年

 2月2日の衆院予算委員会。岩手県選出の階猛氏(立憲民主党)は「インフラ整備は進んだが、人がいなくなれば宝の持ち腐れだ」と指摘。岸田文雄首相が掲げる「人への投資」に触れ、「被災地で活躍するための人への投資が重要だ」と訴えた。
 首相も2月7日の同委で「復興・再生に向けた取り組みをあらゆる知恵と力を結集し実行する」と力を込めたが、2022年度予算案の審議で大震災関連のやりとりはわずか。新型コロナやウクライナ情勢に多くの時間が割かれているのが現状で、自民党の復興相経験者は「どんどん風化が進んでみんな意識がない」と語る。
 こうした懸念を払拭(ふっしょく)するように、政府が今後の福島県の復興・再生を見据えて具体化を急ぐのが、「創造的復興の中核拠点」と位置付ける国際教育研究拠点の整備だ。設置に向け福島復興再生特別措置法改正案を今国会に提出。今年度内に基本構想を策定する方針で、首相は「国内外に誇れる研究内容」を目指すと強調する。
 首相は、14カ国・地域が続けている福島県産などを対象にした食品輸入規制の解除にも力を注ぐ。2月16日の日英電話首脳会談では、ジョンソン首相に直接撤廃を働き掛けた。
 一方、岸田政権に代わってから、政策としての優先順位が下がったと受け取られかねない動きも続いている。専任としてきた復興相に沖縄・北方担当を兼務させたのは一例。昨年10月の所信表明演説、1月の施政方針演説では章を立てて復興を取り上げなかった。官邸幹部は「復興軽視」との見方を否定するが、被災地には不安も広がる。
 首相は11~12日に岩手、宮城、福島3県を訪れ、11日は福島県主催の追悼式に出席する。政府追悼式の終了に伴い、発災当日の首相の被災地入りが実現したが、今後の姿勢が問われそうだ。

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ムラブリ族の文字のない言葉を研究する言語学者・伊藤雄馬インタビュー|オリコン|北國新聞 - 北國新聞デジタル

09.50
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 ラオスで狩猟採集を続けるムラブリ族を追ったドキュメンタリー映画『森のムラブリ インドシナ最後の狩猟民』(3月19日より全国順次公開)に出演・現地コーディネーター・字幕翻訳を手がける言語学者・伊藤雄馬のオフィシャルインタビューが届いた。

【動画】ドキュメンタリー映画『森のムラブリ』予告編

 6ヶ国語を自由に話せる伊藤は、ラオスで狩猟採集を続けるグループへの接触を試み、世界で初めて、ムラブリ族の謎めいた生活を撮影することに成功。ムラブリ族は言語学的に3種に分けられることが判明し、お互い伝聞でしか聞いたことのないタイの別のムラブリ族同士が初めて会う機会を創出する。また、今は村に住んでいるタイのムラブリ族の1人に、以前の森の生活を再現してもらうなど、消滅の危機にある貴重な姿をカメラに収めた。

■伊藤雄馬(Yuma Ito)

1986年生まれ。島根県出身。言語学者。京都大学大学院文学研究科研究指導認定退学後、東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所にて日本学術振興会特別研究員(PD)。2018年より、富山国際大学専任講師。学部生時代から、タイ・ラオスを中心に現地に入り込み、言語文化を調査研究している。ムラブリ語が母語の次に得意である。論文に「ムラブリ語の文法スケッチ」(『地球研言語記述論集』)、"A Note on Terminology for Bamboo and its Use in the Mlabri, a Hunter-gatherer Group in Thailand"(『富山国際大学紀要 現代社会学部』)など。

――本作に関わるようになった経緯をお教えください。

【伊藤】2017年に金子遊監督とタイ北部のナーン県のフワイヤク村の調査地でお会いしました。僕は調査で2週間くらい滞在していました。金子監督はムラブリの噂を聞いて来られ、「日本人がいるとは思わなかった」と驚いていました。僕も日本人が来るとは思っていなかったので、「どうしたんですか?」と聞いたら映像を撮っている方とのことで、僕は自己紹介がてら「ムラブリの方言を比べる研究をしています。お互い嫌い合っていて、避けているんですが、引き合わせてみようと思っていて」という話をしたら、「それ、映画になりそうですね」という話になりました。

――ムラブリ語の魅力はどこにありますか?

【伊藤】僕が一番好きなのは音・響きです。映画でも何回か出てきますが、森の中でも遠くまで響く裏声の歌声のような音が好きです。

――ムラブリ族は言語学的に3種に分けられるため、伊藤さんは3つの方言を研究しているとのことですが、「言語学者」とはいえ、ノマド生活を送るラオスのムラブリ族の文字のない言葉を研究するには、彼らが今密林のどこにいるか突き止めて、実際に話して辞書を作る必要があり、言語学だけでなく人類学的な要素もあるように思います。例えば英語などのほかのメジャーな言語の研究との違いはありますか?

【伊藤】まず、文字資料がないことが違います。英語などのメジャーな言語だと文字資料がたくさんあり、それを用いて研究できますが、ムラブリ語は文字を持たないので、自分で資料・データを得なければなりません。フィールド言語学という言い方をするんですけれど、現地に行って、自分でデータを取ってきて分析をするという手法の言語学です。文字がないので、英語の辞書にある発音記号のようなものを使って、会話などを書き起こして分析します。

――コロナ前は、年に何回位、1回何日くらいインドシナに行っていたんですか?

【伊藤】年に2回は行っていました。多い時で3、4回。1回大体1ヶ月くらい森の村に滞在します。

――世界で、他にムラブリ語を研究している人はいますか?

【伊藤】僕は大学の学部時代からやっているので10年以上になるんですが、そのくらいの期間、継続的にムラブリ語を研究しているのは僕だけです。たまに単発で研究する研究者はいますし、「一緒に研究しましょう」という人は常にいますが、続ける方はいないですね。

■ムラブリの民がわたしたちに教えてくれること

――ムラブリの人たちと接する際に心がけていること、金子監督に事前にお願いしていたことはありますか?

【伊藤】ムラブリはタイの中で「経済的に貧乏な人たち」とカテゴライズされています。タイは仏教国で、施し・寄付の文化があります。徳を積むために物を人にあげたりお寺にお参りに行ったりするんです。ムラブリに何かをあげることも徳を積む行為になっていて、毎日毎日外部の人が来て、服をあげたり、お菓子をあげたりするんです。その寄付は確かに助けになっているんですけれど、「お前たちは貧乏だ」「お前たちは施しがないと生きられない」というメタメッセージを含むことも避けられず、ある意味では侮辱なんです。

 外部の人たちは、施しにやってくる人たちばかりなので、僕も最初は「お前もそういう人だろう」という眼差しをムラブリから受けていました。何年も通って一緒に住んだりご飯を食べたり、ムラブリの言語や文化を学んだりすることで、「こいつは違う」ということを伝えてきたつもりです。「ありがとう、これお金」じゃなくて、「一緒にご飯食べよう。一緒にお酒を飲もう」というやり方で友達として付き合うということを続けていました。金子監督に直接言ったかは覚えていないですけれど、そういう僕の態度を金子監督はわかってくれていたと思います。

――本作で、金子遊監督のカメラがラオス側のムラブリ族の撮影に世界初成功したとのことですが、カメラに収めるのはどれ位貴重なことだったのでしょうか?

【伊藤】とても貴重です。ムラブリには“黄色い葉の精霊”という別名があり、その名前での知名度は高く、首都であるバンコクの人々でも知っているほど、伝説的な存在です。彼らは外部の人との接触を避けてきた時代が長く、ほかの人たちが近づくと逃げてしまい、残っているのがバナナの葉っぱを使った風除けだけでした。誰かがいた形跡があるけれど、誰も会ったことがない、だから“精霊”という名がつきました。“精霊”と言いましたが、現地語のニュアンスは“おばけ”に近いもので、蔑称です。現在では“精霊”とは呼びません。タイ側で定住した後のムラブリはさまざまなメディアで取り上げられていますが、“精霊”と呼ばれる理由となったムラブリの森での生活はまだ誰も撮影していません。ですから、今回ラオスの映像はとても貴重です。

――今は村に住んでいるタイのムラブリ族の1人に、以前の森の生活を再現してもらうというシーンがあります。もうご両親も亡くなっていて、森で裸の生活をしていないムラブリ族の当時の生活を知る上で、以前の生活を再現してもらってカメラに収めるというのは重要なことですよね?

【伊藤】再現といいますが、ムラブリは今も定期的に森に狩猟採集に出かけています。一週間くらいなら森で過ごすのは平気です。タイでもラオスでもムラブリは観光資源になっていますが、訪れるのは定住している村なので、観光客は「普通の暮らしをしているじゃん」とちょっとがっかりします。だから、観光業者が「ちょっと昔の生活を見せてやってくれよ」とお願いして、映像にあるような再現をすることもあるため、慣れているんです。彼らからしたら、散歩みたいなものでしょう。ただ、あの再現を堂々とできるのは森で生まれた世代だけです。20代にはもうできない人も出ています。その意味では、再現する行為でも森で生きる知恵を映像に残すというのは貴重だと思います。一方で、ムラブリを観光資源化することにもつながりかねないので、彼らにとっていいのか悪いのかはわかりません。

――本作では、お互い伝聞でしか聞いたことのないタイの別のムラブリ族同士が初めて会う機会を創出しますが、伊藤さんはそれぞれと話していて、それぞれが伝聞を信じて別のグループを「人食いだ」と怖れていることに以前から違和感を感じていたのでしょうか? 刺青をしている人は見たことがありますか?

【伊藤】「刺青をしているムラブリは悪いムラブリだ」という話をするそのおじいさん本人が刺青をしていたこともありました(笑)。そういうのを見て、「矛盾しているな」とは思っていたんですが、別のグループの話が「良いムラブリ、悪いムラブリ」の判断基準になっていて、言わば「規範」として現在も機能して、コミュニティを形成しているようにも見えます。僕の感じる矛盾や違和感を指摘することはせず、それが彼らのリアリティだと受け入れた上で、違うグループと会うことをどういう風に提案するかを考えました。

――本作の見どころはどこだと思いますか?

【伊藤】ラオス側のムラブリを映像に収めたのは初めてなので、これは見ていただきたいと思います。もう一つ、お互い人食いだと嫌い合って会っていなかった別々のグループにこの映画の最後の方で僕が呼びかけて会ってもらうんです。そのシーンも貴重で面白いシーンだと思います。映像ではカットされていましたが、僕は現場でニヤニヤしながら見ていました。「怖がらなくていいんだよ」と言いながら、お互いの言葉を、「それ、俺らと一緒だ」だとか「それはちょっと違うね」とやりとりしているのを見て、「こういう風に彼らはくっついたり離れたりをしているんだな」と思い至りました。「ムラブリの中でよく起きていたことなんだろうな、これからも起きていったらいいな」と思いました。喧嘩したり仲直りしたりというのは僕らにも日常的にあることですが、このシーンはムラブリの「出会いと別れ」の特徴が出ているシーンだと思います。

言語学者・伊藤雄馬さん=ドキュメンタリー映画『森のムラブリ インドシナ最後の狩猟民』3月19日よりシアター・イメージフォーラムほか全国で順次公開 (C)幻視社

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長崎・大村市民の夢への第一歩 西武・隅田“大先輩”と初の投げ合い - スポニチアネックス Sponichi Annex

長崎・大村市民の夢への第一歩 西武・隅田“大先輩”と初の投げ合い - スポニチアネックス Sponichi Annex

06.15
tinggalaja.blogspot.com
<広・西>5回無失点に抑えた隅田(撮影・奥 調)
Photo By スポニチ

 【記者フリートーク】「クローズアップ大村人」というコーナーで西武・隅田が紹介された。故郷・長崎県大村市の広報誌21年12月号。同市は長崎県第4位の人口約9万6000人の都市で、広島のエース・大瀬良の出身地でもある。市民は「日本シリーズで投げ合ってほしい」と期待した。

 早くもこの日オープン戦で実現した。「大村の大先輩。投げ負けないように自分のピッチングをしよう」。隅田が小4の時、長崎日大で夏の甲子園に出場した8学年上の右腕を羨望(せんぼう)のまなざしで見た。ベンチ前のキャッチボール中も「一球一球に意図を感じた」と吸収した左腕にも、大村市民にも特別な日だった。(西武担当・神田 佑)

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スポーツ
論説 「核共有」発言 危機便乗の議論は慎め - 山陰中央新報社

論説 「核共有」発言 危機便乗の議論は慎め - 山陰中央新報社

04.15

 ロシアのウクライナ侵攻を受けて、自民党や日本維新の会などから日本も核抑止力の保有を検討すべきだという発言が相次いでいる。  安倍晋三元首相らが、米国の核兵器を日本に配備して共同運用する「核共...

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君を思うことが僕の一生だった - 게임동아

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20.50
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最初は、この詩は強烈ではない。「言語の彫琢」といって、詩は磨き上げる作業を重視するが、この詩の彫琢はユニークでない。語調も強くない。事もなく始めて淡々と終わる。だからといって、単語の選別が特別なわけでもない。君や僕、砂粒、草の葉。ここに私たちが知らない単語は一つもない。しかし読んだ後は、状況が変わる。よくある単語を使っただけなのに、詩が残す響きは強い。なぜなら、この詩は一生そのものををかけて出てきたからだ。一生の重みほど重いものはない

われわれは、「自分は大切だ」と学び、実際に自分は大切だ。どれほど大事なのか、他のものの大切さを忘れるほどだ。現代社会の多くの本は、「自分一人で大切になるために努力せよ」と忠告する。「私は大事だ」という言葉を「私のみ大事だ」に変えるには、助詞一つ分の手間さえあればいい。しかし、この違いは非常に大きい。言い換えれば、チョン・チェボン詩人は、現代の主流とは異なる話をしているのだ。君は僕の人生という言葉は、私を無くすというのではない。一緒に作るという話だ。

詩人がこの世を去って20年が過ぎ、彼はもういない。しかし、チョン・チェボンの心はあちこちにある。新学期を迎えて、子供たちはたくましく学校に行った。春が来る前から春だった子供たちを、保護者たちはこのような目線で眺めているだろう。

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