30年以内に70%の確率で起こるとされる首都直下地震。南海トラフ地震も30年以内に発生する可能性が70~80%だという。不可避の天災に、私たちはどうやって向き合えばいいのか。天文11(1542)年の「甲府洪水」から昭和38年の「裏日本豪雪」まで、日本を襲った天災をモチーフにした作品集である本書から、その一端が見えてくる。
信玄と号する前、甲斐国の国主となったばかりの武田晴信が行った治水の成功。それは、「治水というものが、ひいては民政というものが、ときに戦争をしのぐほど国力を高める」という気づきにつながる。晴信は、戦国時代の治水の大発展期の幕を開けた人物でもあった(「一国の国主」)。
明治29年、「三陸沖地震」による津波で家も家族も失った男が高台での村づくりに挑んだ顚末(「漁師」)、宝永4(1707)年の「富士山噴火」によって分かれた2つの村の明暗(「除灰作業員」)。
寛喜2(1230)年の大飢饉(ききん)時、人身売買に手を染めた男(「人身売買商」)、明暦3(1657)年の大火で切り放し(臨時の釈放)となった隠れキリシタンの男(「囚人」)、裏日本豪雪のせいで列車内に足止めされた女教師(「小学校教師」)。
冒頭の一編に登場する武田晴信以外は、みな市井に生きる人々だ。彼らはふりかかっって来た天災に、どういう心持ちで向き合ったのか。彼らそれぞれのドラマが読ませる。なかでも印象に残ったのは、「囚人」に出てくるこんな言葉だ。
「すなわち人は、この世に自然のあるかぎり、この世に人であるかぎり天災にかならず追いつかれる。人のいるところに天災がある。逃れるすべはなく、あるのは逃れかたの上手下手だけ。または運だけ」
科学が発展している現代では、「運だけ」ではなくなっているものの、逃れかたの上手下手は、今でも私たち自身の課題である。関東大震災から今年で100年。節目の年にふさわしい一冊だ。(講談社・1980円)
評・吉田伸子(書評家)
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