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【兵庫】舞台芸術などが公演される神戸文化ホール(神戸市中央区楠町4丁目)が、今年で開館50周年を迎えた。これを記念して、神戸市長田区出身の岡登志子さん(60)振り付けのダンス「緑のテーブル2017」の50周年記念バージョンが21日、上演される。
1973年開館の神戸文化ホールは、施設の老朽化のため2027年度以降、三宮に新・神戸文化ホールとして段階的に移転する。
「緑のテーブル2017」は、ダンサーで振付家の岡さんが17年に創作した作品。死に神や兵士、難民、時を超えて吹く風といった役をダンサーが踊る。公演の最後には50周年を記念して、公募による出演者を含む総勢50人が「祈りの踊り」を披露する。
着想を得たという原作の「緑のテーブル」はドイツの振付家クルト・ヨースが1932年に発表したバレエ作品。反戦メッセージの込められた名作として世界中で再演されている。
同ホール事業担当部長の岡野亜紀子さん(59)は、「周年記念のお祭りのような派手派手しい作品ではありませんが、反戦平和の思いがこもった作品。未来へ向けて新しいホールにバトンを渡していく上で、この作品だからこそやる意味がある」と力を込める。
岡さんは、89年にドイツのダンサー、ピナ・バウシュの来日公演を見て感激し、90年にバウシュが校長を務めるドイツの大学に留学した。卒業後、ドイツ滞在中に阪神・淡路大震災が発生。実家の長田が炎に包まれる様子をテレビ中継で見て、言葉を失った。
「被災した人たちを勇気づけられるような、恥ずかしくない踊りをしたい」。そんな思いを胸に、神戸で活動を続けているという。
「踊りは絵画や彫刻とは違って、生の肉体じゃないと出来ないです。震災で多くの人が亡くなり、生きていることの大切さを知っている神戸の人たちにぜひ今回の作品を見てもらいたいです」
午後3時開演で、一般4千円、25歳以下2500円、高校生以下1千円。未就学児は入場不可。チケットは神戸文化ホールプレイガイド(078・351・3349)など。(宮島昌英)


福岡 2023/10/18 17:44
ことし7月の記録的な大雨で甚大な被害を受けた久留米市に、地元出身の歌手・松田聖子さんから1000万円の義援金が贈られていたことが分かりました。復興を祈るメッセージも寄せられ、久留米市を「私の大切な故郷」と表現しました。
福岡県久留米市出身の歌手・松田聖子さんがことし7月、記録的な大雨で甚大な被害を受けた地元・久留米市に9月、1000万円の義援金を贈っていました。
義援金が振り込まれた際、市の担当者が贈り主を確認すると、『felicia club(フェリシアクラブ)』という文字がありました。
■久留米市 総務課・諸岡琢司さん
「『どういう活動をしている団体ですか?』と確認すると、松田聖子さんが設立した個人事務所ということで、大変びっくりした。」
その後、久留米市が聖子さんにメッセージをお願いすると「被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。私の大切な故郷、久留米の一日も早い復興をお祈りいたしております」という温かい言葉が届けられました。
■久留米市・原口新五市長
「久留米市のためにお役に立ててくださいということで、義援金をいただきました。心から感謝を申し上げたいと思います。」
聖子さんからの義援金を含め、久留米市にはこれまでにあわせて8502万円の義援金が寄せられていて、被災者の生活再建のために使われるということです。

7月の記録的大雨の被害対応で設置した「秋田市災害ボランティアセンター」の閉所式が17日、市老人福祉センターで行われた。関係者約30人が3カ月間の活動を振り返り、閉所後も被災者支援を継続することを確認した。
センターは7月17日に開所し、速報値で全国から延べ6193人のボランティアを受け入れ、1465件の要請に対応。濡れた家財道具の搬出などが主な作業で、開所後初の週末となった同22日には1日当たり最多の506人が参加した。
静岡市は16日、昨年9月の台風15号で被災し、生活の再建に至っていない市民への継続支援策を発表した。一部は市単独事業として補助金利用期間を延長し、住宅被害を受けながら補助金を申請していない市民を支援する。
被災者生活再建支援法に基づく支援金の申請は、当初は今月23日までとした期限を2024年10月22日までの1年間延長する。全壊、大規模半壊、中規模半壊など、住宅の損壊の程度に応じて支給する基礎支援金と建設、補修など再建方法に応じて支給する加算支援金を合計し、最大で300万円を補助する。
準半壊以上の被害認定を受けた住宅の応急修理費用の一部を補助する「住宅の応急修理制度」は、国制度が9月22日で終了した。市は期限を24年3月31日までとする独自事業として申請を新たに受け付ける。身体や精神的な事情などで申請ができなかった市民を対象に準半壊の場合は31万8千円以内、半壊以上は65万5千円以内を支給する。
台風15号の被災者支援に関しては、難波喬司市長が9月27日の定例記者会見で、支援が届いていない市民を継続的にサポートする意向を示していた。

強い勢力のまま本県に直撃し、県内全域で甚大な被害を及ぼした台風19号から4年が経過した。先月には宇都宮市や真岡市、さくら市、益子町、芳賀町、塩谷町付近で激しい大雨が降り、床下浸水などの被害があった。災害の教訓を生かすため、台風19号の被災者に当時の様子を振り返ってもらった。
栃木市薗部町4丁目の両毛印刷は、子育て世帯をターゲットにしたフリーペーパー・交流サイト(SNS)「TOCHICO日和」を展開している。編集長の松本真由美(まつもとまゆみ)さんは、2度の水害の経験を踏まえ、災害・防災に関する情報発信に力を注いでいる。
同社の社屋は永野川や太平山からの用水路に近く、2015年の関東東北豪雨で浸水被害に見舞われた。台風19号の被災当時、松本さん一家は自宅で過ごしていた。「数十年に一度の水害が4年前に起こったばかり。すぐ次が来るはずがない」。しかし、駐車場の自家用車が半分ほど水に漬かっているのが見えて不安を覚えた。
流れ込んだ水によってデスクや棚が浮かび上がった両毛印刷の社内
避難が難しくなり自宅で待機したが、玄関から水が少しずつ入ってきた。子どもたちを寝かせた後、夫婦で慌てて必要な物を2階に運び上げた。床まであと1センチという状況で水は引いたが「もし水が入り込んでいたら、洋服や学用品、食べ物は駄目になっていたかもしれない」と振り返る。
社屋が再び被害を受けたと聞き駆け付けたかったが、自家用車が使えない上、3人の子どもがいて家を空けることができない。もどかしさを感じていた際、被災した知り合いたちから「チャイルドシートが駄目になってしまった」「洋服やおむつを譲ってほしい」との相談が寄せられた。
TOCHICO日和は栃木市社協と連携し、使わなくなった子ども用品を1品100円で交換し合う「TOCHICOリサイクル」を18年秋から行っていた。松本さんはチャイルドシートやベビーカーなどを譲ってくれる人がいないかSNSを通じて呼びかけると、読者やフォロワーからベビー用品が集まり、困っている人に届けることができた。
「リサイクルが始まって1年が経ち『TOCHICOに聞けば解決できるかも、何か協力できるかも』と地域に浸透してきた時期でもあった。子育てをキーワードに、困っている人や助けたい人をつなぐことができた」と松本さん。この経験を機に、親子での防災に特化した「おやこで考えるとちぎ防災BOOK」を発行した。このほか、防災イベントを企画・運営するなど精力的に活動している。
永野川の氾濫で、両毛印刷本社近くの県道栃木環状線が冠水した
一方で、活動を続けてきたからこそ“壁”を感じることもあった。台風19号で被災した家庭を支援するため、保護者が自宅の片付けをしている間に子どもを預かることを思い付いたが、法的に難しいことから断念。また、多くの被災体験談を集め冊子を発行しようと考えた。しかし、知り合いの大半から「私よりひどい体験をしている人がたくさんいる」「人に話せるような経験ではない」と断られてしまったという。
災害の教訓を伝える難しさを感じながらも、松本さんは「地域の防災力を高めるためには学生や若者のパワーも不可欠。子どものうちから防災イベンに参加して備えや知識を学ぶ機会を設け、地域を担う若い世代を増やしたい」と意欲的だ。
◆メモ 2019年10月、本県に台風19号が直撃し、宇都宮市や栃木市など県内14市町に大雨特別警報が発表された。日降水量は宇都宮市、鹿沼市、佐野市などで観測史上最大を記録。河川の氾濫などにより床上、床下浸水など住宅被害は1万4千棟以上となった。鉄道橋が破損したJR両毛線は1カ月にわたって一部区間で運転を見合わせ、市民生活に大きな影響を及ぼした。


北アフリカのモロッコで9月に発生した地震の被災者支援のため、岡山市が本部の国際医療NGO「AMDA(アムダ)」の看護師兼調整員として現地に派遣され、約2週間、医療支援活動に従事した。
9月8日夜に発生した地震はマグニチュード6・8。これまでに3千人近くが死亡、負傷者は6千人近くにのぼった。藤本智子さん(47)と荻野祥子さん(44)=いずれも東京都在住=が活動したのは、震源に近い山岳地帯の村など。14日にモロッコ入りした際は、崩壊して建物に残された人の救出や、急を要する外傷治療は一段落していた。医療品などの物資の仕分けや、避難生活で新たにかかった病気や持病へのケアを担当した。
2人は、今回が初対面。これまでお互い看護師として多くの経験を積んできた。
藤本さんは「ツアーナース」として、海外を含む各地の旅行に同行して健康管理をする仕事を約20年間勤めている。多いときには年間250日間、旅に付き添っていた。
ただ、この数年はコロナ禍で比較的余裕ができていた。知人からモロッコ派遣の話を聞き「突発的な事態に対応してきた経験が生かせれば」と決意。災害支援のボランティア活動は初めてだった。
荻野さんは、8月末まで国際協力機構(JICA)の活動でマレーシアに滞在。2年半、現地スタッフや家族の健康管理を担当した。それ以前にも青年海外協力隊でラオスで活動したり、別の国際NGO団体で同国の小児保健の調整員を務めたりした。2月のトルコ地震で活動した知り合いの看護師からの勧めで、モロッコ行きを決めた。荻野さんも海外の被災地での活動は初めてだった。
2人は9月14日に現地入り。震源から約70キロ離れたマラケシュに向かった。モロッコ政府の方針で、医療支援活動できる国が限られており、日本は対象外。そのため、国際保健を専門とするモロッコのNGO団体の医師らの活動に同行した。
現地の建物は土やレンガ造りなど耐震性の低いものが大半。倒壊、半壊した建物が目立った。余震を恐れ、屋外でテント生活を送る被災者が多かった。夜になると気温が急激に低下するため、体調を崩した人たちへのケアもしたという。
9月21日には車で4時間かけて震源地近くの村へ。子どもたちが自由に描いた絵には、倒壊した建物や傷を負った人の顔が描かれ、それらで占められていた。藤本さんは「言葉が通じず表情からしか分からなかったが、やはり心の傷を負っているようでした」と振り返る。子どもたちへのメンタルケアの必要性を感じたという。
荻野さんは、宗教や文化の違いとともに、女性や子どもなど弱い立場の人たちが声が上げにくい状況にあるようにも感じたという。「公平に医療を届けられることが理想。生活再建は徐々に進んでいたが、今後も長期的な支援が必要だと感じました」
活動を振り返って藤本さんは「手探りの中でどこまで支援できたんだろうかと。次はもっと良い医療を提供していければ」。荻野さんは「モロッコに限らず、現地の人たちと一緒になって、医療にアクセスしやすい体制構築に向けたプロジェクトに参加してみたいです」。(上山崎雅泰)