能登半島地震で被災した石川県珠洲市で、手芸を通して心に日常を取り戻す人たちがいる。布に触れ、針を動かすうちに「前を向こうと思えた」という。仮設住宅のカーテンと、絵画のような手芸作品を作る二つの企画を進める美術家の鴻池朋子さんは「多くの人の手を経てきた糸や布のパワーが、五感に届いたのかもしれません」と話す。
鴻池さんは珠洲市など各地で手芸プロジェクトを手がけてきた。カーテンは、仮設住宅90戸に1枚ずつ設置するために制作。布の調達や縫製、刺しゅうに全国の知人約40人が手弁当で参加した。
珠洲市で手芸店を営む坪野節子さんは、避難先で何も手に付かなかった時、手芸に救われた。「縫う時間が心地よくて、心が折れそうな時、私は何かを縫えばいいと気付けました」。そしてカーテンを「無心で」制作。黄色い布に、地元の七夕祭りを思い浮かべて花火柄を組み合わせた。
カーテンに縫い付けるのが鴻池さんの下絵を基にした小さな刺しゅうだ。糸でかたどられたのは、マフラーを巻いて、荷物を背負い、子どもの手を取り逃げる女性やお年寄りの姿。鴻池さんがウクライナの古い戦争の詩など「遠くの出来事に思いをはせて」描いた。
「自分たちと似ていると思った」と坪野さん。地震が起きた元日、厚着して避難した光景が重なった。同時にウクライナの難民や東日本大震災などの被災者のことが浮かんだ。「やっと実感を持って思いを寄せられたように感じました」
もう一つの企画は「物語るテーブルランナー」。ランチョンマット大の作品で、地震前から珠洲市の人たちと取り組む。
下絵の題材は約40年前の光景。日航ジャンボ機墜落事故が起きてほどなく、現場近くの群馬県上野村の小学生たちが書いた作文集だ。消防団員として出動した父親を見送る子、行けなくなった家族旅行の場面などを鴻池さんが想像し、描いた。
珠洲市の表育恵さんは被災後の生活に疲れていた時、おにぎりを握る女性たちの姿を描いた下絵に励まされ、縫おうと決めた。「今の炊き出しの光景に重なり、共感したんです」。物が散乱した自宅から布を探し出し、縫い終えたら前向きになれた。「待つだけじゃなく、いつもしていることをしよう、畑仕事をしようと思えました」
作品は青森県立美術館などで7月に始まる鴻池さんの個展で展示。一方、カーテンは「差し上げる」という一方通行の関わり方ではなく、あえて“永久貸し出し”という形にした鴻池さん。「汚れてもぼろぼろになってもいい。いつか展示してみんなで見られたら」と話す。「縫い手の生き生きとした時間やエネルギーが加わり、詩や言葉が手触りのあるものになった。カーテンが生活のちょっとした喜びになればいいと思います」
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