長野久義は「プロテクト29番目であった」 原監督が明かした5年前の電撃移籍の経緯 - Full-Count

長野久義は「プロテクト29番目であった」 原監督が明かした5年前の電撃移籍の経緯 - Full-Count

16.15
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巨人“復帰会見”に秋季キャンプ中の宮崎県から駆け付け同席した

 広島から巨人に無償トレードで加入することが決まった長野久義外野手が15日、都内のホテルで“復帰”会見を行った。秋季キャンプが行われていた宮崎県から急遽駆け付け同席した原監督は、2019年1月に人的補償で広島に移籍したことについて「プロテクトという中で、彼が当時29番目であった」などと当時の状況を語り、レギュラー奪取を期待した。

 2009年ドラフト1位で巨人に入団した長野は、2019年1月に丸佳浩外野手のFA加入に伴う人的保障で広島に移籍した。「元々NPBのルールの中でFA制度、28人プロテクトという中で、彼が当時、29番目であった。広島球団がプロテクトの中から、カープ長野が誕生した。誕生したときは、まさかという気持ちがあった。しかし長野という選手はそういう選手、求められる選手である」と回顧した。

 5年の時を経て、古巣のユニホームに袖を通すことになった。「言葉というのは必要なかった。我々も望む、長野自身も望んだ。巨人と長野は、かなり相思相愛ではあったけど、誕生するまでやや時間を要した。経緯が長いのかどうかというより、話が出た時点で言葉はいらない。相思相愛の中で巨人に戻ってきた」と指揮官にとっても喜びは大きい。

 期待することを聞かれると、原監督は「レギュラーになってほしい。情けはかけない」とキッパリ。12月で38歳になる長野には、技術と心でチームを日本一へと牽引していくことが求められている。

(Full-Count編集部)

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スポーツ
アート熊手がかき寄せる新たな幸せのかたち。清水屋インタビュー - Qetic

アート熊手がかき寄せる新たな幸せのかたち。清水屋インタビュー - Qetic

17.50
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毎年11月の酉の日、関東各地の神社では「酉の市」が賑々しく行われる。各神社の境内では商売繁盛や家内安全を願う縁起熊手を販売する露店が立ち並び、熊手を買い求める客でごった返す。

そんな熊手の風習にとある老舗熊手商が新風を吹き込もうとしている。大正4年創業の清水屋が近年展開している「アート熊手」だ。仕掛け人は清水屋の4代目、清水雄太と泰子夫妻。清水雄太は良質なダンスミュージックを提供することで国内外からの支持を得ている音楽フェスティヴァル<RAINBOW DISCO CLUB>(以下RDC)のオーガナイズ・メンバーでもあり、Yoshinori HayashiやFORCE OF NATUREなどのマネージメントも手掛けるエージェンシー「Eild」を経営している。熊手商の世界では異色の存在といえるだろう。

昨年は田名網敬一天野タケルなどさまざまなアーティストとのコラボレーションを果たしたアート熊手だが、今年は天野タケルに加え、タカハシマホkomiといった新たなアーティストを迎え、制作・販売される。その背景には、人々の幸福を願う熊手の本質を見つめながら、多様化する現代のライフスタイルに対応すべく熊手の文化そのものをアップデートしようという清水屋の思いがあった。清水雄太・泰子夫妻に話を聞いた。

INTERVIEW:清水屋

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©︎TORI no ICHI タカハシマホ×清水屋

アート熊手のはじまり

諸説あるが、熊手は秋の収穫物や農具が並ぶ農業市が原点とされている。落ち葉をかき集める熊手が「福をかき集める」ことから一種の縁起物とされるようになり、一年に一度熊手を購入し、家や店に飾る風習が定着した。そこには商売繁盛や家内安全、学業成就などを願う、その時代に生きる人々のライフスタイルが反映されている。

「当初は農村の収穫祭だったものが江戸時代の大衆文化のなかで現在のような形になったと考えています」──そう話すのは清水屋の4代目、清水雄太だ。1983年生まれの清水は、子どものころ、熊手商という家業についてどう感じていたのだろうか。

清水雄太「以前は大晦日にも熊手市が行われていて、家族でずっぱりで神社で年越ししていました。今と比べるとまだまだ熊手市の人出も多くて、賑やかな年越しでしたね。うちの父親は(家業を)無理やり継がせようという気はなかったようで、僕に仕事を教え込まそうともしなかったし、家に置いておけないから連れてこられたという感じでした」

そんな清水も思春期を迎えるころには音楽やアートへと関心が移り、家業に触れる機会も減ってしまう。熊手の文化を意識するようになったのは大人になってからのことで、アートやストリートカルチャーの文脈から熊手の魅力を再発見することになった。

清水雄太「それまでは熊手の意味やデザイン性についてあまり考えていませんでした。でもSNSに熊手の写真を上げると、外国の友達やアーティストから『あれはなに?』と聞かれるんですよ。そういった質問に答えるためいろいろ調べるなかで、熊手の歴史や背景を知っていったんです」

公私にわたる清水のパートナーである清水泰子もまた、夫の家業を手伝うなかで熊手への関心を高めていった。

清水泰子「私はもともと物を作るのが好きだったので、雄太のお父さんのお手伝いをするなかで『こういう熊手を作ってみたいな』『こういう熊手があったらいいのに』と妄想が膨らんできたんです」

そうしたなかで清水夫妻はアート性の高いオールブラックやオールホワイトの熊手を考案。「試行錯誤するなかでそういった熊手を酉の市で売ったりSNSに乗せたりしてたんですけど、結構反応が良かった」(清水雄太)ということから、さらなる展開を模索するように。それがやがてアート熊手という前例のないプロジェクトへと結実していくことになるのだ。

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2020年に発売した限定90個の小型熊手2種。わずか10分でソールドアウトし話題に。

アート熊手がつなぐ伝承のバトン

アート熊手の背景にあるのは、熊手という伝統文化に対する清水たちの危機感だ。アート熊手のコンセプトを解説するプレスリリースのなかで清水はこう書いている。「人々のライフスタイルが多様化した現代において、熊手の飾りが江戸時代からほとんど変化がないのは、その本質に沿ってはいないのではないか?」。清水はその言葉をこう解説する。

清水雄太「よくこんな質問をされます。『熊手って商売をやってないと買っちゃいけないんでしょ?』とか『毎年大きくしないといけないんでしょ?』とか『絶対値切らないといけないんでしょ?』とか。確かにこれらは当時「粋」とされていた行為ですが、絶対ではなく本質から逸れたイメージが広がっているんです。熊手はもともと豊作を祝うものだったわけですけど、それから商売繁盛や長寿を願うものとなっていった。でも、今は幸せの形も多様化していますよね。それなのに熊手の形は江戸時代のままで、現代人からするとピンとこないのも当然だと思うんですよ」

これはあらゆる伝統行事や伝統文化が抱える課題でもあるだろう。たとえば、かつては農村のなかで五穀豊穣を願うという目的のもと行われていた祭りが、周囲が宅地化されたことで従来の目的を見失うというケースは日本各地で見られるものである。祭りの目的が現代の暮らしとマッチしていないわけで、そうなると担い手たちのモチベーションもなかなか維持しにくい。そうやって多くの祭りや伝統行事の伝承が途絶えているのが現状だ。

熊手商の世界もまた、伝承に対する危機感を抱えている。

清水雄太「僕らが出店している酉の市は東京も埼玉も確実に人が減ってきていますね。当然売れる本数も少なくなっているし、熊手商以外の露店の数も減りつつある。僕は今、39歳なんですけど、かなり若いほうなんですよ。跡継ぎがいないところもすごく多いんじゃないかな。熊手商は「キワモノ」と言われる、いわゆる季節商売なので、続けていくのはなかなか厳しいというのが現状です」

現代アーティストの視点を借りながら、現在のライフスタイルにマッチした熊手を作ることはできないだろうか?――清水屋のそうした試みは、クリエイティヴなものであると同時に、伝承のバトンを次世代へと繋ぐためのチャレンジでもあるのだ。

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大正4年創業の清水屋の熊手。今年も田無神社にて、色とりどりの熊手が販売される。

<RDC>で気づいたコスパを考えない暮らしの大切さ

清水雄太はプレスリリースのなかでこのようにも書いている。「合理的だったり、コスパという言葉が持て囃される時代において、熊手のような全く別のベクトルを持つものに惹かれる人は多い」――熊手に限らず、伝統文化や伝統芸能、アート、音楽は合理性やコスパを重要視する価値観とは相容れないものであって、本来真逆のベクトルにあるものである。清水はこう続ける。

清水雄太「不要不急っていう言葉がありますけど、音楽にしろイヴェントにしろ、僕は普段から不要不急の仕事しかしてないんですよ。熊手だって制作には手間暇かかってるけど、基本的に一年で交換しちゃうものだし、正直ないと困るものじゃないですよね。部屋のなかでも場所をとるし、コスパとか合理性を考えたらまずいらないものだとも思います(笑)。でも、そういうものこそが人の気持ちを支えてくれると思うんですね。それに気づいたとき、自分のなかですごく腑に落ちる感覚がありました」

そのスタンスは清水雄太がオーガナイズに関わる<RDC>にも共通している。

清水雄太「<RDC>は基本的に3日間やってるんですけど、3日間伊豆の野外で過ごすこと自体ハードルが高いし、来る側からしたら大変なことも多いと思うんですよ。でも、僕らは3日間でひとつの作品だと考えていて、そのなかで音楽が中心ですが、同じくらいお客さん1人1人がどういう経験をするかということも大事だと思っています。だから、便利にしようと思えばできる部分もあるんですけど、あえてハードルを下げない。トイレとかご飯に関してはホスピタリティをしっかり持とうと思ってるんですけど、すべてにおいて下げすぎないということは意識しています」

毎度東伊豆で開催される<RDC>では誰もが普段の生活から強制的に切り離されることになる。だからこそ、特別な開放感を得ることができるのだろう。清水もまた「<RDC>のお客さんは東京か海外の人が多いんですけど、1日目ってみんな東京の顔をしていて。でも、3日目になると顔が違うんです」と話す。

合理性とコスパを重視した生活空間はそれはそれで居心地のいいものだ。だが、無駄なものを廃した空間には特有の息苦しさがある。熊手は決して生活に欠かせないものというわけではないが、「福をかき集める」というある種のとんちが効いた縁起物があるだけで、生活空間は色鮮やかになる。熊手の素朴な信仰心は、日々の支えにもなることだろう。そこには現代における熊手の存在意義・意味があるようにも思えるのだ。

天野タケル、タカハシマホ、komi…アップデートするアート熊手

2020年、清水屋は画家・天野タケルと3種のアート熊手を制作する。制作された熊手のうち、限定90個が作られた小型熊手2種はわずか10分でソールドアウト。大型熊手もアートコレクターが購入し、各メディアで話題を集めた。

清水雄太「自分たちで試行錯誤してる時期が何年かあって、もうちょっと大きくしたいからアーティストとやってみようと考えたときにまず頭に浮かんだのがタケルくんでした。タケルくんは古い友人なんですよ。昔から僕のイヴェントで絵を描いてくれていたし、うちの熊手を買ってくれていました」

天野がデザインした熊手は女性のキャラクターなどが乗ったポップなものだが、「熊手として変えちゃいけない部分」もはっきりと意識されている。そこには熊手という伝統文化を継承するものとしての清水屋の矜持も表れている。

清水泰子「熊手は伝統文化でもあるので、最低限守らないといけないものがあると思っています。熊手には幸せをかき集めるという意味があるし、熊手についている桝には『ますます繁盛』という意味があるんですね。そういった部分もゼロにしてしまうのは抵抗感があります」

清水雄太「熊手に乗せるものには厳しい決まりはないんですよ。でも、なぜこれが乗っているのか説明できないといけない。例えばオールブラックの熊手にしても、黒だから不吉な色なのかというとわけではなくて、僕らとしては『黒字の黒』なんです。アート熊手なんて作っていると、当然『これってどうなの?』という人も出てくると思います。でも、作ったものの意味を自分たちが理解していて、なおかつ『幸せを願うものである』という熊手としての本質を見失わない。そこが一番大切な部分だと思っています」

2021年には前年度の企画を拡大する形でアート熊手企画展が開催。田名網敬一、天野タケル、愛☆まどんな、KINJOといったアーティストが参加し、前年以上の話題も集めた。また、同年にはウォルトディズニー社からの依頼で「スター・ウォーズ」のドラマシリーズ『ボバ・フェット』の成功を祈願したオリジナル熊手を制作。2022年1月の数日間、原宿の東急プラザ入口に展示され、こちらも大きな注目を集めた。

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第3弾となる天野タケルとのアート熊手。今年はネオンも制作された。

2021年はウォルト・ディズニー社からの依頼で、スター・ウォーズのスピンオフドラマシリーズ「ボバ・フェット」の熊手を制作。

そして、本年度。レギュラーメンバーとなった天野タケルに加え、今回は4組のアーティストが参加することになった。

ひとりめは成田山にルーツを持ち、スケートボードのデッキなどをキャンバスに腕を振るうSkateboard Shaper / 画家のkomi。彼とのコラボレーションでは清水屋にとっても初のアイデアが試されている。

清水雄太「熊手の世界には熊手問屋さんがいます。熊手のパーツをたくさんストックしていて、各熊手屋さんは熊手問屋さんから好きな絵柄を仕入れ、自分たちのスタイルで組んでいくんですね。そこは熊手商の腕の見せ所なんですけど、パーツに関してはどこも一緒だったりする。今回はパーツ自体もオリジナルにしちゃおうと思って、komiくんに何枚か描いてもらいました。アーティストとの限定コラボだと、どうしても制作コストも膨らんでしまうので、販売価格は通常よりどうしても高くなってしまうんです。komiくんは、昨年一緒に熊手を作ったアーティストのKinjo君が紹介してくれたんですけど、作品を見たら熊手にバッチリだし、ストリートシーンで活動しながら、なおかつ実家は成田山でお祭りにも積極的に参加している。アート熊手のデザイン性の部分を昔ながらの熊手にも取り入れていきながら、手にとってもらいたい、という考えを一緒にやってくれる人としては、物凄い良縁だと思い、お声がけさせてもらいました。彼が描いてくれたパーツは清水屋の熊手に使用されて、酉の市で販売されます。来年もまた少し彼の絵柄を増やしたいし、同様のことを別のアーティストともやりたいです。

タカハシマホさんは新宿・花園神社前のギャラリー、New C’s Studioさんが引き合わせてくれました。New C’s Studioさんは熊手に関するアート作品をやりたいと常々思っていたところ、うちの活動を見てくださったようで、『ぜひ一緒にやりたいです』とお話をいただきました。マホさんに関しては、僕らが問屋さんにお連れしたり、サンプルを貸し出ししたり、監修のような形で関わっています。

あとの2組はNFT熊手なんです。データだからこそできる熊手の表現があると思っていて、コストや設計の問題で現状は難しいものもNFTだとできる。熊手を海外に伝えるための足がかりになればと考えていて、僕は去年から興味を持っていました。今回はコレクティブスタジオXYZAの企画で、新星ギャルバースさんと、sneakerwolfさんの2組が参加してくれています。こちらは12月の中旬までにはリリースできると思います」

居住空間の狭い現代の都市では、熊手をセッティングする場所も取りにくい。NFTはそうした課題を解消するだけでなく、海外に向けて熊手の精神性を広くアピールすることもできる。そうした意味でも今回のプロジェクトは熊手の「これから」をはっきりと意識したものでもあるのだ。

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タカハシマホのアート熊手はNew C’s Studio.で展示販売中。
©︎TORI no ICHI タカハシマホ×清水屋

清水屋が立ち返る熊手の本質とは?

アート熊手の世界は年を追うごとに拡張しつつあるわけだが、清水夫妻はアート熊手という手法を清水屋オリジナルのものにしておきたいのだろうか。あるいは彼らの手を離れてミーム的に広がることを望んでいるのだろうか。清水の回答は淀みないものだった。

清水雄太「僕の考えは完全に後者ですね。うちでアート熊手を囲い込むのは自分たちの最初の動機からかけ離れる行為だと思うんですよ。だからどんどん広がってほしいです。ただ、文化や意味、基本的な作り方みたいなものは理解した上でやってほしいなとは思います」

その言葉には清水が今回の取材中何度か口にしていた「熊手の本質」が踏まえられている。暮らしのなかでの多種多様な願いを受け止め、生活空間を豊かにするもの。それは「豊作を祝うもの」という縁起熊手の原点から今も変わらない。

なお、清水夫妻はアート熊手という新しい領域に挑みながらも、毎年の酉の市にも清水屋の一員として立ち続けている。いくらNFTによる熊手にチャレンジしつつも、彼らの原点は常に酉の市という現場にあるのだ。

清水雄太「熊手の魅力はやっぱり現場にあると思うんですよ。僕らもお客さんとは1年に1回、酉の市で会うだけの関係性なんですが、それが2、30年単位で積み重なってくると、お客さんの息子たちも一緒に来るようになる。なかには泰子からしか買わないというお客さんもいます。『1年前買ったときに彼女と話したことが忘れられなくて、今年も来ました』という。そこにはコスパや合理性とは無縁の、酉の市ならではのコミュニケーションがあると思うんです。パーティーやアーティストエージェンシーもそうですけど、誰かの気持ちに残る時間に関わりたいんだと思います、きっと」

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©︎TORI no ICHI タカハシマホ×清水屋

Interview, Text:大石始
Photo:YUTARO TAGAWA

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村上宗隆、早期のメジャー移籍を熱望「もちろん挑戦したい」「早く行きたい」 - Full-Count

村上宗隆、早期のメジャー移籍を熱望「もちろん挑戦したい」「早く行きたい」 - Full-Count

14.15
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日本記者クラブで記者会見「アメリカでプレーする権利を得られるのは数少ない選手」

 ヤクルトの村上宗隆内野手は14日、都内の日本記者クラブで記者会見を開き、メジャーリーグに挑戦したい意向を明らかにした。「アメリカでプレーする権利を得られるのは数少ない選手。もちろん挑戦したいと思っています」と語った。

 村上はプロ5年目の今季、日本選手最多の56本塁打を放ち、141試合出場で打率.318、134打点をマークした。史上最年少の3冠王に輝き、米メディアからも注目を集めた。「早ければ早いほどいいなと思っています。行けるのであれば、早く行きたいなと思っています」。ポスティングシステムを利用したメジャー挑戦を含め、球団と話し合いたい考えだ。

 メジャーは新人時代から憧れていたという。「入団した時から挑戦できる権利を得られたら先でやりたいと思っています。プロ野球に入団した時から思っていました」。今季はエンゼルス・大谷翔平投手、ヤンキースのアーロン・ジャッジ外野手らが憧れの舞台で活躍した。「やるのは僕なので。挑戦できる場になったら、目標にされる選手になりたい。僕にしかできないことを挑戦して頑張りたいなと思います」と思いを馳せた。

 来季は2年連続3冠王、シーズン60本塁打、通算200本塁打達成などの偉業に期待がかかる。「現実的な数字は全て狙いたい。もちろん可能性はあるので、狙える数字は狙っていきたいなと思います」と前を向いていた。

(Full-Count編集部)

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内田雄馬、初の武道館公演に感激「みんなと一緒に歩いてここまで来た」 - スポーツ報知

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21.50
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 声優・内田雄馬が13日、東京・日本武道館で、12日から2日間に渡り単独ライブを行った。

 1日目を「Gratz!」、2日目を「your world, our world」とし、それぞれで異なるコンセプトのステージを披露。内田にとって過去最大規模の会場で、初めて生バンドを携えた。各日ともに2時30分に及ぶ公演で、デビューシングル「NEW WORLD」など22曲を披露。2日間で1万6000人を魅了した。

 アーティストデビュー5周年を迎える中で、初の武道館公演を実現した内田は、「こうして武道館に立たせていただける日が来るとは.…。本当にこれは皆さんのおかげです。内田雄馬は1人では本当に何もできないんです。ただ、そんな僕には支えてくれるたくさんの仲間、そしてみんながいます。ここは、そんなみんなと一緒に歩いてここまで来た武道館です」と感謝を言葉にした。

 ライブでは、来年5月14日の新潟県民会館を手始めに、6都市9公演のツアー開催を発表した。

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天皇陛下「心から敬意」復興遂げた阪神大震災被災者[2022/11/13 18:22] - テレビ朝日

天皇陛下「心から敬意」復興遂げた阪神大震災被災者[2022/11/13 18:22] - テレビ朝日

21.31
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 天皇陛下が27年前の阪神淡路大震災から復興を成し遂げた被災者に「心から敬意を表します」とお言葉を述べられました。

 天皇皇后両陛下は、兵庫県で開かれている「豊かな海づくり大会」の式典に出席しました。

 このなかで天皇陛下は、1995年の阪神淡路大震災についてお言葉を述べられました。

 天皇陛下:「多くの被災者がともに助け合いながら復興を成し遂げ、その経験と教訓を将来にわたって伝え続ける歩みが進められていることに心から敬意を表します」

 式典の後、両陛下は漁船およそ100隻によるパレードをご覧になったり、マダイとヒラメの稚魚を瀬戸内海に放流されました。

 両陛下は13日夜、特別機で東京に戻られます。

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中山 雅史コーチ 退任のお知らせ | ニュース - ジュビロ磐田

中山 雅史コーチ 退任のお知らせ | ニュース - ジュビロ磐田

15.15
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2022 11/13

チーム

中山 雅史コーチが2022シーズンをもちまして、契約満了により退任することとなりましたので、お知らせいたします。

中山 雅史(なかやま まさし)コーチ プロフィール

コーチ
生年月日 1967年9月23日
出身地 静岡県
選手歴 藤枝東高校→筑波大学→ヤマハ発動機→ジュビロ磐田→北海道コンサドーレ札幌→アスルクラロ沼津
通算成績 リーグ戦 367試合出場/157得点(J1 355試合、J2 12試合、J3 0試合)
カップ戦 65試合出場/26得点
天皇杯 33試合出場/14得点
日本代表 国際Aマッチ 53試合出場/21得点
指導歴 アスルクラロ沼津U18 コーチ(2019年~2020年)
ジュビロ磐田 コーチ(2021年~2022年)

中山 雅史コーチ コメント

2022シーズンをもって、ジュビロ磐田を退団することを決めました。
今シーズンは、J1残留を目指してチーム一丸で戦ってきました。
しかしながら結果が伴わず、日々応援していただいている、ファン・サポーターの皆様、スポンサーの皆様、関係者の皆様のご期待に沿えず、その責任を強く感じております。
この2年コーチとして監督をサポートしてきたつもりですが、まだまだ自分自身が未熟で足りないことが多すぎで、指導者の難しさを痛感しました。
力が無いのであれば、力を付けるために挑戦と努力をし続けなければならないと思っております。
この悔しい思いを忘れずに、また、指導者の道が本当に自分に合っているかも含めて、次のステージにチャレンジしようと思います。

今後とも、ジュビロ磐田を応援してください。
ありがとうございました。

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ホームで初のカズダンス!カズこと三浦知良の今季2点目はCKからのダイビングヘッド!【JFL鈴鹿】:中日スポーツ・東京中日スポーツ - 中日新聞

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14.15
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前半、今季2点目となる同点ゴールを決める鈴鹿・三浦(右)

前半、今季2点目となる同点ゴールを決める鈴鹿・三浦(右)

◇12日 JFL第29節 鈴鹿ポイントゲッターズ―FC大阪(三重交通鈴鹿スポーツガーデン)

 22試合ぶりの先発出場となった鈴鹿のカズこと三浦知良(55)が前半24分、左CKからの流れからダイビングヘッドを決め手、27節のティアモ枚方戦以来2試合ぶりとなる同点ゴールを決めた。

 ホームゲーム初のゴールで自らの持つJFL最年長得点記録を55歳259日に更新。ゴール後は左サイドラインまで走ると、ホームで初のカズダンスを披露した。

 カズダンスの最後にお約束の人差し指で観客に向け指さしどうだ!と言わんばかりにアピール。すると鈴鹿イレブンが殊勲のカズを取り囲み、同点ゴールの喜びに浸った。

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