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能登半島地震から7月1日で半年。災害関連死と認定された70人を含め、犠牲者は299人となりました。被災者がいま抱える課題は、仕事、育児、そして住まい…。新たな不安や葛藤が生まれるなか、大きな決断をした家族も。桝キャスターが取材しました。【バンキシャ!】
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28日、桝キャスターは、石川県珠洲市へ。
桝キャスター
「こちらの住宅は、崩れかけた状態のままで、木材がまだうずたかく積み重なっています。ただ、道を挟んで反対側では、木材の撤去が終わって今、整地の段階へと移っています」
元日に発生した能登半島地震から7月1日で半年。桝キャスターが訪ねたのは、珠洲市に住む、安用寺さん夫妻。
夫 眞生さん(30)
「1日1日が過ぎるのが早くて、1日1日を過ごすのが精いっぱいだった」
実は妻・世梨花さん(26)は、妊娠6か月。
桝キャスター
「ちょっとドキドキしますか?」
妻 世梨花さん
「ドキドキします・・・」
夫 眞生さん
「初めてだから」
今は、珠洲市よりも地震の影響が少なかった金沢市内の産婦人科に、約3時間かけて通っているという。子どもの誕生を心待ちにする2人。
桝キャスター
「あの…これは、もしやちょっとずつ準備を始めている?」
夫 眞生さん
「最近ちょっとだけ余裕ができてきたので」
「王道の…(育児書)」
しかし、子どもを珠洲市で育てていくべきか、悩んでいるという。
妻 世梨花さん
「子どもの環境を教育・習い事・病院って全部考えたときに、どうなんだろうっていうのがちょっとありますね」
桝キャスター
「できることなら離れたくないという気持ちもあるのでは?」
妻 世梨花さん
「そうですね、できるならね」
夫 眞生さん
「本当は珠洲を離れないのが一番なんですけど」
被災した人が抱く葛藤――。2024年1月から5月にかけて、すでに571人の人が珠洲市を離れた。能登に残るのか、離れるのか。
バンキシャは、それぞれの決断を取材した。
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珠洲市内の飲食店。唐揚げに、焼き魚…調理するのは、秋房さん夫妻。手際よく次々と料理を作っていく。これはすべて、解体作業をする人たちに届ける食事だ。
“珠洲市の復興を支えたい”と地震後も珠洲市に残り、月曜から土曜までの6日間、毎日配達しているという。さらに…
桝キャスター
「あれ?のぼり?ちょっと待ってください。ラーメン?!」
実は、秋房さん夫妻、キッチンカーでラーメン店も経営。営業時間外に特別に作ってもらった。
妻 和佳奈さん(24)
「はい」
桝キャスター
「うまそう!」
この店自慢の、とんこつ醤油ラーメン。
桝キャスター
「いただきます」
「しみますな…」
夫 大介さん(28)
「ありがとうございます」
桝キャスター
「うまいですね!」
営業を再開したのは、断水が解消した3月。一時は店を諦め、珠洲市を離れることも考えたという。
妻 和佳奈さん(24)
「商売できなくなる場所になるのかなと、ちょっと珠洲は無理なのかな…とは思って」
しかし、残ると決めた理由は…
夫 大介さん(28)
「この珠洲市がなくなってほしくないと思っているので、自分たちの飲食業を盛り上げていって、今とにかく自分のできることをやっていこうと思っています」
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一方、離れる選択を余儀なくされた人も。4代にわたり、珠洲市特産の七輪を作ってきた舟場さん。
能登燃焼器工業 舟場 慎一さん(43)
「これがないと何もできないですね」
七輪を焼くための窯が地震で崩壊。原料の土を取るための坑道も崩れ落ちてしまった。
今は、金沢市にある“みなし仮設住宅”で妻と子どもと3人で暮らす。1週間から2週間に一度、片付けなどをしに来ているというが、これからの生活は…
能登燃焼器工業 舟場 慎一さん(43)
「自分たちの仕事は本当に特殊な仕事で、この土地でしかできないもので」
「こういったことでやめてしまうかも知れないということに対して、本当にこれで良いのかとずっと悩んでいる」
「気持ちの上では頑張りたくて(廃業する)踏ん切りはつかないですけど」
***
地震から半年を前に、能登を離れる決断をした人がいた。
桝キャスター
「はじめまして、バンキシャの桝と申します。よろしくお願いします」
澤田さん親子
「よろしくお願いします」
輪島市から加賀市へ2次避難してきた澤田さん親子。
桝キャスター
「失礼します、お邪魔します。あ、すごい、勉強机が」
輪島市から避難 澤田 慎一郎さん(51)
「ちょっと置かせていただいて、ちょうど来週テストで」
1月からここで避難生活。息子の愛士くんはこの春、加賀市の中学校に入学。野球部に入った。
長男 愛士くん(12)
「友達ができたし、あとは野球仲間とか」
桝キャスター
「中学校入ってすぐ友達できたんだ?」
長男 愛士くん(12)
「はい」
桝キャスター
「いい友達できた?」
長男 愛士くん(12)
「うん」
澤田さん一家は6人家族。母親が市の職員として輪島市の避難所にいるため、母親と幼い妹や弟たちは、輪島に残ることに。
半年間、家族バラバラで避難生活を送ってきた。父親の唯一の楽しみは…
父親 澤田 慎一郎さん(51)
「もしもし?何してるの?」
二男・愛陽くん(2)
「あんこ」
澤田 慎一郎さん(51)
「あんこ食べてるの?」
「パパ好き?」
二男・愛陽くん(2)
「パパ好き」
澤田 慎一郎さん(51)
「うれしい~こういうの最高ですよね」
かけがえのない、家族を感じるひととき。
澤田 慎一郎さん(51)
「本当に家族6人たまに一緒になって過ごすだけで、幸福感というか幸せ感をすごく大きいなと感じて。半年という響きが、もう…悩んでいる場合じゃないな、決めないといけないなと」
下した決断は――
澤田 慎一郎さん(51)
「他県に家族6人で移住して生活して行こうかって決断を、本当につい最近したところです」
仮設住宅に入れず、澤田さんの職場も閉鎖されることになり、学生時代を過ごした愛知に移住することを決めた。
桝キャスター
「その話はご家族とされた?」
愛知に移住を決めた 澤田 慎一郎さん(51)
「もう妻とは話してそうだねって決めて、子どもたちにも少しずつ言っているんですけ…」
桝キャスター
「まぁ、簡単には…ね?決められないよね?」
愛知に移住へ 愛士くん(12)
「はい。新しいところで不安とか、環境とか変わるのが怖い」
新しい学校の野球部に、溶け込んだばかりだった愛士くん。
愛知に移住へ 愛士くん(12)
「みんな温かかったし、良い友達もできたから残りたいなって」
桝キャスター
「(愛知の人も)きっと温かいだろうなと思いますけど」
愛知に移住を決めた 澤田 慎一郎さん(51)
「本人は(友達と)別れるのがつらいと。もちろんそうですよね。でも地震がなかったら、そもそも出会わなかった友達。でも出会ってしまったから…」
時折、声をつまらせて話す澤田さん。
「つらい気持ちが来ると思うんですけど…でも別れがあるということは、また愛知県ですばらしい人と出会えると願っています」
*6月30日放送『真相報道バンキシャ!』より
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