岡山を襲った豪雨災害(上) 被災者の行動に励まされ:山陽新聞デジタル|さんデジ - 山陽新聞デジタル

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妹尾真吾さん。後方の更地には2階建ての自宅があった。後方左手は水害時に避難した鉄筋3階建ての事務所=2023年4月2日

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豪雨災害を伝える2018年7月8日付朝刊の一面。死者・行方不明者ら被害は、日を追うごとに増えていった

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被災直後の妹尾さん。並べてられているのは水に浸かった家具。右側には解体前の自宅も見える=2018年7月13日(筆者撮影)

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事務所から見た濁流に沈む妹尾さんの自宅(左手前)など=2018年7月7日 午前4時45分(妹尾真吾さん提供)

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妹尾さんの家の前を救助に回っていたゴムボート=2018年7月7日 午後1時40分(妹尾真吾さん提供)

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現在の妹尾さんの事務所。周辺は更地が目立つ。道から見えるよう、壁に大きく小田川の堤防の高さ(灰色)と水害時の水位(青)を書き込んだ=2023年4月2日

現在の妹尾さんの事務所。周辺は更地が目立つ。道から見えるよう、壁に大きく小田川の堤防の高さ(灰色)と水害時の水位(青)を書き込んだ=2023年4月2日

 あれからもう5年経とうとしている。平成30(2018)年7月上旬、降り続いた大雨が岡山県全域に被害をもたらした「西日本豪雨」である。気候穏やかと思っていた郷土に襲いかかった濁流に、東日本大震災はじめ多くの被災現場を見てきた筆者も、大きな衝撃を受けた。報道に携わる者としての覚悟をつきつけられたこの出来事について、今月から3回にわたって記したい。

 その日は東京にいた。6月から、以前記した「所さん!大変ですよ」の制作作業のため、渋谷のNHK放送センターに長期出張中だった。7月6日金曜は番組をようやく完成させた日。制作スタジオのテレビ画面から「中国地方各地に特別警報」のニュースが繰り返し流れ、岡山の局内は多忙だろうと案じたものの、さして気にとめなかった。梅雨明け間近の大雨だろう。戻る頃には夏の青空が広がっている、程度に思っていたのである。

 翌朝の中継映像を見て、認識の甘さを実感した。濁流に沈み、屋根だけが見える真備の町。何度も取材で訪れた地の、現実と思えない姿に言葉を失った。急ぎ岡山に戻って災害報道に従事しなくては。手元の資料や番組素材を片端から段ボール箱に投げ込み渋谷の局を出た。新幹線はとまっており、ようやくとれたのは午後7時50分発の飛行機最終便。しかも目的地付近が視界不良ということで着陸試行と浮上を繰り返し、不安が高まる。「今度うまく着けなかったら『成田』に引き返す」との「最終宣告」が機内にアナウンスされたあと、かろうじて着地した。一斉に拍手がおこる。午後10時をまわっていた。

 8日は朝から局内で、被害状況や交通への影響を文字情報としてテレビ画面に出す業務にあたり、真備町の現場に最初に入ったのは、9日月曜日の午後だった。まだ大きな水たまりと生乾きの泥が各地に残っていた。濁流の跡が壁一面に残る傾いた家屋。路上高く積まれる水を吸った畳。そして疲れ切った表情の住民・・。「何をしに来たのか」と問われている気がした。「自分の仕事は被災者を含めた地域の人の役に立つ番組をつくること。そのためにはこの現場に入り込まなければいけない。」そうはわかっていても、そこにいるだけで感情がこみ上げ、いたたまれない。被災地をまともに見られない。当事者でもないのに恐怖に近い感覚に押しつぶされそうになり、その日は逃げるように帰った。

 何ができるのかわからないまま、とにかく現場で話を聞こうと再び向かったのは13日の金曜日。ここで出会ったのが、建設業・妹尾真吾さん(61)=当時だった。浸水家屋の応急措置についてまず教わるべく、建築士会の知人に紹介してもらったのである。

 倉敷市真備支所から北に約100メートル。途中まで泥で汚れた鉄筋コンクリート3階建ての事務所を訪ねる。すると妹尾さんもここで、濁流におびえながら一夜を明かしたと話してくれた。隣にある自宅を出たときにはすでに足首の上まで水が来ていて、避難しそこねたらしい。そんな思いをした人ならばと、何はさておき当日の話を聞く。その結果、目の前のこの人がとった常人にはできない行動を知ることになる。

 妹尾さん自身「油断していた」と語った。高校生だった昭和47年、やはり大雨で小田川が氾濫した時も、自宅までは水が来なかった。その記憶がよぎったのである。しかしこの日は違った。急ぎ事務所の2階まで避難し振り返ると、いま上がった階段を一段一段水かさが増してくる。血の気が引く思いだったという。結局高さ4m、自宅の2階部分まで水は達した。妹尾さんは3階までのぼり難を逃れた。

 夜が白み、周囲の家にも取り残された人がいるとわかると、妹尾さんは外に向かって大きな声で話しかけた「○○さん!大丈夫か!」「一緒にがんばろうで!」。昼過ぎになり救助のボートが来た。すると今度はそれに向かって叫ぶ。「あそこに二人おるで」「お年寄りじゃから早う助けてやってくれ!」。最後に自身が救助される午後4時過ぎまで、妹尾さんは声をからして鼓舞し続けたのだった。

 建築現場で鍛えられているから声が大きいのだ、という。声をかけると自分も「一人ではない」と安心するのだ、とも言う。しかし、話を聞いた筆者は、こわばっていた心がほぐれていく気がした。こんな人がいたのだ。この修羅場で、自分の身すら危ない極限状態で、周囲を気遣うことができる人が。声をかけられて周囲の人はどれだけ勇気づけられただろう。そして今この話を聞いた自分の気分が落ち着いたように、この事実をテレビで放送すれば、沈んでいた気持ちが少しでも明るくなる人がいるだろう。自分が報道を通じてできることはこれではないか。

 妹尾さんのことは、発災から20日後の県内向けニュース番組「もぎたて!」のリポートシリーズ「その時 豪雨の下で」で、「屋上から 励まして」と題し、実際に声がけされた人のインタビューも取材して放送した。筆者の中で妹尾さんは、被災地で最初に出会った小さなともしびであった。

 一方で、道路を埋める大量のがれきと連日照りつける灼熱の太陽は、いっぺんに水害の現実に引き戻してくれた。次回はその後真備が直面した課題について記すことにする。

     ◇

村上 裕康(むらかみ・ひろやす)1989年日本放送協会にディレクターとして入局。大津・山口・秋田などに赴任。東京番制局では主に教育番組を制作。2015年出身地の岡山局へ。「ブラタモリ」「所さん!大変ですよ!」などの全国放送を岡山の話題で制作するほか、「駅守(えきもり)」「いにしえピアノ」など県内ローカルシリーズを開発。2021年定年で退職。産業遺産学会会員。1965年生まれ。早大教育学部卒。

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