「災害は忘れたころに起こる」今も親友の墓参りを欠かさない、77年前の被災者からのメッセージ|南海放送NEWS - 日テレNEWS

04.32
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「さえちゃん、来たよ」

墓前に手を合わせ、小声で亡き親友に語り掛ける女性。

愛媛県西条市に住む杉野幸恵さん(87歳)です。

小学5年生だった1946年12月21日、昭和南海地震によって“さえちゃん”こと隣に住んでいた親友の田中冴子さんを亡くしました。

西日本を中心に被害をもたらした前回の南海地震では愛媛県で26人が亡くなっていて、“さえちゃん”は現在の西条市にあった自宅の下敷きとなりました。

「はよ、外へ出よう!出よう!」と早朝に母に促され、布団1枚を持って避難した杉野さん。

杉野さん:
「なんかゴーっという音が地鳴りみたいな音がして今でも覚えてるけど、おばあさんが『ああまた来たまた来た』と言って、またそこにうずくまってじっとしていた」

見回すと至る所で建物が崩れていて、早朝の寒さの中「恐ろしい恐ろしいと言いながら、寝巻1枚で震えていた」とその記憶をたどります。

また、別の知人が崩れた家屋から消防団によって亡くなった状態で救出された時の光景も鮮明に覚えているという杉野さん。
災害の知識もなく、まさかこんなに大きな地震が来るとも思っていませんでした。

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