某月某日、三四郎が我が家に来ることになった、と息子と伝えたところ、反響があった。
忘れもしない、8年前、彼が10歳になったばかりの頃、ぼくと二人きりの生活が始まってまもない頃のことだ、学校からの帰り道、小さな息子はぼくに向かって、「パパ、お願い。犬を飼って」と言い出した。
「ぼくはずっと犬が飼いたかったんだ。二人より、家族が増えると楽しいでしょ?」
「そうだね。考えておくね」
考えておく、と言ったものの、ぼくは飼うつもりはなかった。
不意の離婚で、しかも、子供を育てるので精いっぱいで、とてもじゃないが、そこに犬の面倒などできるわけがない、と思っていた。
ぼくは、その頃、間違いなく、人生に絶望をしていた。
ところが、息子はあと、5日で18歳になる。そして、いよいよ大学生だ。
その直前、不意に今度はどこからともなく、三四郎がやって来ることになった。
つい、3日前にはその存在さえ、知らなかった、というのに・・・。
天から降ってきたような話しで、実はまだぼく自身実感がない。あの子を抱いたし、三四郎と名付けたし、あとは20日に彼を引き取りに行けば、その日から我が家に三四郎が来ることになっているのだけど、信じられないのである。
ぼくはまず、息子に昨日、携帯で「三四郎が来るよ」とメッセージを送った。
隣の部屋にいる息子から「オッケー」と返事がきた。
今朝、息子のコロナウイルス抗体検査をしにいく道すがら、三四郎との出会いなどを少し話した。へー、という感想が戻ってきただけだった。
そして、夕食の後、不意に息子が、しゃべりだした。
何か、抑えきれないものが溢れ出るような感じで、つまり、やっと点と線がつながり、現実を理解できたのに、違いない。
犬が我が家にやって来るという現実が・・・。
そのことを息子はぼくの妹のような存在でもあるいとこのミナにまず知らせた。
母親がわりのミナから「嬉しい」と連絡が入った。
彼女の家にも子犬が二匹(麦と月という名前のキャバリア)がいて、夏になると息子はミナのところでその子たちの世話をした。
だから、息子の心の中には、幼い頃からずっと子犬がいたのである。
一方的にいろいろと話す息子、嬉しいんだな、とぼくは思った。
この日記を読み続けてくださっている皆さんはご存じのように、受験問題がぼくと息子との間でくすぶりつづけており、最近はほとんど会話もない状態が続いていた。
そこに来て、三四郎がぼくらの間をつなぐような感じで、出現したのは、神様のいたずらであろうか、それとも、ご褒美・・・。
ぼくは、これから一人で生きていくと決意をしたそのタイミングで三四郎が現れたことを、偶然とは思いたくない、いや、思えない。
これは本当にご縁としか言えない。
そしたら、予期せず、息子が何か二人で生き始めた頃のことを思い出し、ぼくらの溝がちょっと埋まるような感じになった。
「なんで、三四郎っていう名前にしたの?」
「三四郎ってね、ぼくが昔、好きだった小説のタイトルなんだよ」
「どんな小説?」
「九州の田舎から東京出てくる青年の話しだ」
「じゃあ、一緒だね。三四郎もパリにやってくる」
「その通り、最初はパパの小説の主人公にしようと思ったんだけど、でも、なんでか、会いに行く道すがら、頭の中に、三四郎という名前が浮かんで、離れなくなった。そしたら、もう、あの子は三四郎以外にはありえなくなった。出会った時、三四郎、と心の中ですでに呼んでいたんだ」
息子が苦笑する。ぼくが思い込みの激しい人間であることは重々承知の助であった。
「けれども、ちょっと、フランス人には難しい名前だな」
「関係ないよ。パパの子だから」
「そうだね。辻家はパリの中の日本だものね」
息子は三四郎を撮影したいと言い出した。
いろいろと空想が広がっているようで、勝手なことをしゃべっていたけれど、実際に、三四郎が来たら、その圧倒的な存在感の前に、彼の中でも革命が起きるに違いない。
これまでとは違った家族の在り方が始まるはずだ。
「ルンバ、買って正解だったね」
「そうなんだよ。さっき、テスト走行させたけど、ほぼ、我が家の間取りは頭に入ったみたいで、隅々、掃除をしていた。中島君(週一やって来るフィリピン人のお手伝いさん)が、ルンバを見て、ライバル心を燃やしていたよ」
「三四郎はどう思うだろう。あの掃除ロボット」
「しばらくは、三四郎が寝ている時間とかに、別の部屋で掃除をさせるよ」
「そうだね、それがいいね。刺激強そうだもの」
ルンバは想像以上に素晴らしかった。(日本では未発売の最新機種らしい)
ベースの基地から動き出し、部屋の隅々を掃除して、75分後に基地に戻り、自動充電をする。
カメラが前方についており、犬の糞などを識別するらしい。(まだ、わからないけど・・・。説明書にはそう書いてあった)
犬の毛なども吸い込むらしい。
それに驚いたのは、結構、分厚い絨毯も普通にのぼって、いろんなものを吸い取っていた。ともかく、ベッドの下とか、犬が入りこむ狭い場所とか、人間には手が届かないところをルンバはある程度、掃除してくれる。
「パパ、中島君、いらなくなる?」
ぼくらは笑った。
「なんか、中島君を雇っている元大臣さんが、もっと働いてくれと言い出したらしく、実は今日から、三時間が二時間になったんだよ」
「へー、ちょうどよかったね」
子犬がやって来るというだけで、大騒ぎの辻家、さて、いったいどうなることだろう。
ともかく、息子は高校を卒業し、大学生になり、ぼくは三四郎との新しい生活をむかえることになる。
三四郎はぼくに文句を言うこともないだろうし、ぼくに寄り添ってくれる忠実な愛犬になるだろう。そういう存在が今のぼくには必要だった。
月曜日に、なかなかおしゃれなペットショップを見つけたので、出かけてみたい。
そんなぼくのことを息子は、くすくすと微笑んで見ている。
犬は家族をつなぐ生き物なのだ、と思った。すでに・・・。
つづく。
※ こちらは、三四郎の生家、ということになる・・・。
ここで、おしらせです。
トリュフ犬とのトリュフ狩り、近づいてまいりました。
ご興味と、お時間あれば、・・・ぜひ。なかなか貴重な体験になります。
ZOOMで配信を予定しておりましたが、画像のいい、VIEMOシステムで配信させていただくことになりました。
ムーケ・夕城(トリュフ栽培士)×辻仁成「ブラックダイヤモンド、黒トリュフの魅力」辻仁成がトリュフの聖地ドルドーニュにて、トリュフ狩りに初挑戦
2022年1月16日(日)20:00開演(19:30開場)日本時間・90分を予定のツアーとなります。
【48時間のアーカイブ付き】
※アーカイブ視聴URLは、終了後(翌日を予定)、お申込みの皆様へメールにてお送りします。
この講座に参加されたいみなさまはこちらから、どうぞ
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※ フランス南西部に位置するドルドーニュ地方の山奥に位置するトリュフ園からトリュフの魅力を御覧頂く予定の生配信を準備しておりますが、天候など様々な理由で一部変更になる可能性もあります。山奥にある、広大なトリュフ園からですので、電波が乱れる可能性もございます。最大限の状況を模索しながら、当日、トリュフ犬と栽培士さんらと力を合わせ、挑む形になります。嵐にならない限りは決行いたします。
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January 09, 2022 at 08:03AM
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