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【とやま写真館】議論の場 戦火で焼失 - 中日新聞
旧県会議事堂跡(1909年)
富山市の中心市街地に位置する富山城址(じょうし)公園(富山市本丸)の一角にれんが積みの土台がある。旧県会議事堂の議員控室や、ボイラー室の土台部分だ。二〇一〇年、芝生広場の改修工事の際に発掘されたことで、場所が特定された。
旧県会議事堂は一九〇九(明治四十二)年九月に竣工(しゅんこう)。れんが造りの土台に、木造二階建ての洋風建築物で広さ約千三百平方メートルほどだったという。最初に利用されたのは、皇太子時代の大正天皇が同年九月末から十月初旬にかけて富山へ出掛けられた際の宿泊場所としてだった。
同年十一月二十二日に竣工後初めての県会(現在の県議会)が開会。以後、計五十六回にわたって、議論が交わされた。
三五(昭和十)年、議事堂が現在の県庁舎(同市新総曲輪)に移ると、議論の場としての役目を終え、「大正会館」と名称を変更。一般市民が会議や会合などに利用できる公会堂の機能を持つようになった。四〇(同十五)年には県立図書館となり、広く市民に利用されることになった。
しかし、四五(同二十)年、富山空襲の際に建物の木造部分が焼失し、四十年足らずの歴史に幕を下ろした。 (長森謙介)
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