災害時に避難所生活が長引くと、体調や持病が悪化しやすい。適切な健康管理が求められる中、調剤や服薬指導などを通じた役割が期待されているのが薬剤師だ。被災者の健康を支える知識や技能を身に付けようと、薬学部の学生向けに講座を行う大学も出てきた。専門家は「薬剤師は災害関連死を防ぐ要になる。学生時代から想像力を働かせてほしい」と意義を語る。 (植木創太)
「せきとたんが出る」「口が乾いて仕方がない」。被災者に見立てたマネキンに、学生がスマートフォンやタブレット端末をかざすと、拡張現実(AR)技術を使った被災者のアニメ動画が画面に映り、体調の悩みを次々と訴えてくる。
名古屋市瑞穂区の市立大で今月中旬に初めて開かれた講座の実習。避難所に薬剤師として派遣されたという想定で、薬学部の三年生約三十人が四〜五人の班に分かれて、構内の廊下に置かれたマネキン六体を巡り、どの状態の人に優先的に対応するかを考えた。
いずれの訴えも実際に過去の被災地であった事例に基づいており、薬剤師だからできる対応を学べるよう、同大などが講座のプログラムを構成。学生たちは「避難所の換気指導が必要だ」「感染症の可能性があるので医療チームへつなごう」などと対応を議論した。
実習前には、市の危機管理担当者から医薬品の備蓄状況の説明を受け、国内外の災害現場へ派遣されてきた薬剤師の体験談も聞いた。三年の村上りおさん(25)は「もしもの時に役立つよう、もっと知識を蓄えなくてはいけない。勉強になった」と気を引き締める。
日本災害医療薬剤師学会長で、講師を務めた岡山大災害医療マネジメント学講座助教の渡辺暁洋さん(48)=写真=によると、災害時は医薬品の供給にも乱れが出ることから、代替薬の提案や薬の在庫管理など、薬剤師の知識が生きる場面は数多い。
特に多くの人が集まる避難所では、インフルエンザなどの感染症に加え、慢性疾患の悪化、同じ姿勢でいることによるエコノミークラス症候群などが起こりがち。医師や看護師らの手も限られる中、被災者の健康相談を受け、健康面の二次被害を防ぐことも重要な役割になる。「災害医療の知識を持つ薬剤師を育てることは、災害に強い地域づくりに直結する」
厚生労働省は七月に各都道府県へ出した通知の中で、薬剤調整などを担う「災害薬事コーディネーター」を、災害時に都道府県へ置く「保健医療福祉調整本部」の構成員として明示。近年相次ぐ水害などでも、自治体の要請などを受け、薬剤師が現場に派遣される事例が増えてきている。名古屋市立大薬学部の松永民秀部長(63)は「東南海地震が予想される中、災害対応の知識を持つ薬剤師を地域に供給することが求められている。継続的に学びの機会を設けたい」と話す。
◆常備薬、お薬手帳… 災害の備え、日頃から相談を
国内外の被災地に派遣された経験を持つ渡辺さんによると、災害で避難する際は、薬の供給が途切れる可能性を考え、常用薬を最低でも5日分、できれば1週間分は用意しておきたい。
糖尿病や慢性腎臓病、精神疾患、喘息(ぜんそく)などは服薬が止まることで急激に悪化することがある。日頃からかかりつけの医師や薬剤師に災害時の備えについて相談しておくことも大切だ。
災害時は医療機関の記録が消失したり、かかりつけの医療機関に接続できない可能性もある。その際に役立つのが、処方された薬の種類や服用量などを記した「お薬手帳」。過去の災害でも、常用薬を持たないまま避難した人に、手帳の情報を基に適切に処方できた例が相次いだ。避難時はできる限り携行したい。
近年はスマートフォンに記録する電子版も普及してきたが、災害時は通信環境や電源が確保できない可能性もある。非常用の持ち出し袋に常用薬の情報を書いたメモなどを備えておくと安心だ。2011年の東日本大震災では、持病のある高齢者の容体悪化が相次いだ。渡辺さんは「いつ避難生活になるか分からないからこそ、平常時の医療者とのコミュニケーションを大事にしてほしい」と話す。
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