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議論沸騰の「領域警備法」を理解する7つのポイント - JBpress
(数多 久遠:小説家、軍事評論家、元幹部自衛官)
中国の「海警法」施行を機に、日本で「領域等の警備に関する法律案」(通称「領域警備法」)制定の機運が高まっています。この2月には、自民党の国防部会等で盛んに議論されるようになりました。
しかし、どのような法案になるのか、そもそも何が問題で、それをどう解決しようとしているのかが、非常に不透明です。
2月25日の部会では、政府(海保関係者)が「中国海警局の船に対して、危害射撃が可能」と説明したと報じられたことで、保守系の論客、メディアからでさえ、政府や部会が暴走しているのではないかと危惧されました。しかし、この部会が参加者の口外を禁止していたため、記者が正確に議論の内容を伝えられなかったようです。一種の誤報だったということになりますが、重要な法案を作るための議論が不透明なままで、国民に正しく伝えられない状況は好ましくありません。
以下では、領域警備における問題を考察し、この領域警備法の必要性について考えてみたいと思います。
なお、本稿ではあくまで法的な検討のみ行います。船の大きさや搭載されている砲の火力などについては触れませんのでご承知おきください。
【1】「領域警備」「領域警備法」とは何か?
問題点を考える前に「領域警備」「領域警備法」とは何なのかを確認しておきましょう。
「領域」あるいは「国家領域」と呼ばれるものは、領土、領海、そしてその上空となる領空です。領海外縁にあたる「排他的経済水域」(EEZ)などは、“経済”という言葉が入っている通り、通常、全面的な権利を意味する主権の及ぶ領域とは見なされません。
話題になっている領域警備法は、EEZなどを含まない、領土、領海、領空に対する法律になると思われます。もし、EEZなどまで含めた法律であれば、名称も「領域等警備法」といったものになるでしょう。
領域に対する最大の主権侵害は“侵略”ですが、これには自衛隊法に則り、防衛出動で対処することになります。領域警備法は、侵略とまでは言えない主権の一部侵害、つまり不法に領域に進入したり、管轄権を犯し警察権を行使するといった、いわゆるグレーゾーン事態に対応するための法律であると共に、関係者の発言を見ると、自衛隊に何らかの権限を与える法となることは確かです。
ただし、現状で領域警備を担っている組織である警察、海保、そして空自との関係をどうするのか、また、すでに自衛隊法に定められている領域警備に該当する条文との関係をどうするのかという方向性は示されていません。
【2】海保は領域警備に及び腰なのか?
領域警備法制定に向けて、最も積極的に動いている自民党の佐藤正久参議は、ツイッター上で「海保自身も軍事的行動に反対」と述べています。ここで言う“軍事的行動”は領域警備とイコールではないと思われます。海保は、現在でも尖閣周辺で領域警備は行っています。おそらく領域警備を行うにあたり中国の海警と衝突することを指しているのだと思われます。
海保は、“海の警察”の意識は強いのだろうと思われますが、“国境警備隊”としての意識は、今まで強くなかったのかもしれません。周辺国の海上警察組織と睨み合うことはあっても、銃火を交えるような事態は回避してきました。
なお、これには、海保を所管する国土交通省の大臣が、民主党から政権を奪い返した第2次安倍内閣以降、一貫して公明党の椅子となっていることも影響している可能性もあります。
現在の情勢では、海保が及び腰では困るのですが変えることは容易でないため、自衛隊にも任を負わせようという考えなのだと思われます。
【3】海保は中国海警局船舶を阻止できないのか?
前述のとおり、2月25日に行なわれた前述部会において、政府は、海保が海警局船舶に対し、危害射撃を行うこと、また、海警局船舶に日本人が連行された場合には奪還することも可能と回答したと報じられています。危害射撃とは、その射撃によって乗員が死傷する可能性のある射撃を指します。
しかし、国連海洋法条約(UNCLOS)では、軍艦および公船に特別な地位を与えています。特に軍艦に関しては、領海からの退去要求ができるだけです。逆に言えば、軍艦に対するそれ以上の行動は、戦争行為として捉えられるということです。
国連海洋法条約で、「非商業的目的のために運航するその他の政府船舶」と表記されるいわゆる公船は、やはり特別な地位を有しますが、それは公海上に限定されます。海保が海警局船舶に危害射撃を行う、あるいは乗り込んで日本人を奪還する場合、海警局船舶は法執行を行う警察としての船舶、つまり公船であるため、政府は、日本の領海内であればそうした行為が可能と説明した可能性もあります。
しかし、日本が危害射撃などを行なえば、準軍隊であるとされる海警局の立場について、中国側は軍艦であり日本は国連海洋法条約違反を行ったと非難してくる可能性があるでしょう。
もし日本側が海警局船舶に対し、危害射撃を行い、それが国際司法裁判所に提訴された場合、海警局船舶が軍艦であるか、公船であるか判断されることになりますが、結論がどちらになるかは微妙です。
提訴された場合、日本側の認識も問題になります。従来、日本政府は、領海に進入した海警局船舶を“公船”だと言ってきました。しかし、海警は準軍隊であり、公船と称することは不適だとする国防部会などの主張を受け、今では海警局船舶と表現し、公船との表現を止めています。この点を突かれ「日本は海警局船舶を軍艦だと認識していた」とされる可能性もあります。その場合、日本は国際海洋法条約違反をしていたと言われてしまいます。
それだけではありません。条約上、特別な地位にある“軍艦”に対して攻撃したということは、武力攻撃を行ったということになってしまいます。日本側が、国内法上、警察として行動させたと主張しても、それが国際司法裁判所では通用しないかもしれないということです。また、防衛出動では必要な国会承認を経ずして自衛権行使に至ったとして、マスコミから糾弾されることにもなるでしょう。
その一方で、国連海洋法条約における特別な地位を有する軍艦、公船の中に、海警局船舶から洋上に降ろされ島に上陸しようと接近する小型船が含まれるのか否かは、明確ではありません。このことを考慮すれば、前述部会での政府の説明では、「そうした上陸用の小型船に対してならば危害射撃などが可能」と説明したのではないかと考えられます。つまり、そうした小型船は、条約上特別な地位を有する軍艦や公船ではないということです。これについては、国際司法裁判所でも、その主張が通る可能性は高いと思われます。
国防部会での政府側説明は、一見すると国内法の解釈変更のように見えるかもしれません。しかし、国内法である海上保安庁法は、国際法である国連海洋法条約を反映して作られています。条約の解釈変更を勝手に行うことはできません。今回の国防部会における政府の説明は、国連海洋法条約を逸脱しない範囲内はどこまでであり、海保は、そこまでなら可能ということで、「上陸用の小型艇に対してならば、危害射撃や乗り込んで囚われた日本人を奪還することが可能」と説明したのではないかと思われます。
【4】自衛隊投入のメリットは?
国防部会などが、領域警備法によって、自衛隊が領域警備に当ることができるようすることを目指していることは明らかですが、そこにはどのようなメリットがあるでしょうか?
領域警備は、国際法上の管轄権、つまり領域を管理する権利に基づくものです。これに基づき、陸上では警察が活動し、海上では海上保安庁が活動しています。一方、本来自衛隊は、管轄権ではなく、自衛権を行使し、国を守ることが使命です。「領域を守る」ことと「国を守る」ことは、似ているようですが、違います。自衛隊にも、管轄権に基づく領域警備をやらせようというのが、領域警備法の趣旨のようです。
ですが、これは必ずしも目新しいことではありません。空、つまり領空における領域警備は、今でも航空自衛隊が行っているからです。対領空侵犯措置が、空における領域警備です。また、警察、海保の対処能力が十分でないと思われる時には、自衛隊が領域警備を行えることにもなっています。治安出動および海上警備行動は、管轄権に基づく領域警備なのです。
そのため、治安出動および海上警備行動では、自衛権に基づく防衛出動に比べ、武器使用の条件は厳しくなっています。治安出動などは、そもそも警察が対処不可能な状況を想定しているため、若干強化されてはいます。しかし、基本的には、治安出動と海上警備行動では、警察と同等程度の条件でしか武器の使用ができません。
領域警備法を作ったとしても、管轄権に基づく活動である以上、自衛隊を投入しても、武器使用の条件を強化することはできません。武器使用の条件を緩和してしまえば、警察としての活動だとは言えなくなってしまうからです。
ある意味、2月25日の国防部会での政府説明は、このことを説明するために行なわれたのだろうと思われます。
部会は、自衛隊を投入して尖閣警備を行うことを目指しています。それに慎重な政府は、治安出動、海上警備行動、あるいは領域警備法を作って自衛隊を投入したとしても、法的には強化できないし、何より現行のままであっても、海保にも危害射撃などが可能だという主旨の説明をしたと思われます。
では、領域警備法制定によるメリットはないのかと言えば、そんなことはありません。
治安出動は、首相が発令することが可能ですが、発令後、国会で承認を受けなければなりません。また、国会が不承認だった場合は、撤収を命じなければなりません。海上警備行動では、防衛大臣が発令できることになっています。国会承認も不要です。しかし、2004年に発生した漢級原子力潜水艦領海侵犯事件の際、海上警備行動の発令が遅れた事例を見れば分かるとおり、実際の発令が迅速にできるとは限りません。そこで、平時から自衛隊にも領域警備行動を行えるように定めておけば、必要な時に迅速に動けるという、現場レベルでは極めて効果的なメリットが得られるというわけです。
【5】自衛隊投入のデメリットは?
では、デメリットはないでしょうか?
自衛隊に領域警備の任務を与えたとしても、全ての任務を与えるわけではないはずです。おそらく(グレーゾーンの)有事のみということになるでしょう。平時の負担は、それほど重くはありません。
当然、海上自衛隊、陸上自衛隊には、任務が増え、それに合せた訓練を行わなければならないという負担は出てきます。しかし、治安出動や海上警備行動は、現状でも発令される可能性があるのですから、それなりの訓練は行っています。新たな訓練負担はさほど大きなものではないでしょう。
また、法的な検討からは外れますが、中国が海警局を出してきている状況で、日本側が先に軍事組織である自衛隊を出してしまうことで、事態をエスカレーションさせてしまう、あるいは日本がエスカレーションさせていると非難される可能性を危惧する声があります。確かに、中国が準軍隊とされる海警局を出してきている状況で、日本が自衛隊を出せば、そのように見える可能性がありますし、中国はそう非難するでしょう。そして、国内のマスコミも政府を非難すると思われます。
しかしながら、日本が純粋な警察である海保によって対応している中で、先に海警局を準軍隊化し、エスカレーションを図ったのは中国です。
また、世界を見渡した場合に、領域警備という警察活動を軍が行っている例は珍しくありません。陸上は、それこそ様々なので省略しますが、海軍だけを見ても、イギリスでは領域警備を海軍が行っています。その一方で、沿岸警備隊も存在しています。イギリスの場合、沿岸警備隊は海難救助だけを行っているのです。
軍を出したかどうかが問題ではなく、管轄権に基づく警察活動としての領域警備を行っているのか、自衛権に基づく武力行使を行っているのか、で判断されるべき問題なのです。
【6】領域警備法の必要性は?
ここまでの説明では、領域警備法を制定しても、デメリットは大したことがありませんが、実はメリットもそれほど大きくはないということになるかと思います。
自衛隊法は、2005年に改正され、弾道ミサイル対処を自衛隊が行えるようになった後、2016年に対処命令が常時発令されるようになっています。それと同じように、必要な際はいつでも自衛隊が領域警備行動をとれるようになるというだけで、権限は海上警備行動などと大差ないものにせざるをえないのです。
しかしながら、自民党の国防部会は、かなりの熱を持ってこの法案成立に向けて動いています。おそらくそれは、尖閣に要員を常駐させるためではないかと思われます。
もし常駐させるのが警察であれば、相当数の警察官が常駐していても、上陸してくるのが海警であれ、武装難民であれ、武装の程度によっては抵抗を続けることさえ難しいでしょう。警察に陸自並の装備を持たせることも可能ではありますが、当然、そうした装備を使用するための訓練が必要になります。
そして、それ以上に困難なことは、警察を常駐させる判断を下す者が沖縄県知事になるということです。部会関係者は、海警局船舶の領海内進入さえ非難することのない現知事が警察の常駐を決定するとは見ていないはずです。
また、これは治安出動の発令についても同様です。治安出動は、県知事の要請に基づき発令することが可能ですが、要請がなくとも総理大臣が命じることで可能になります。ですが、県知事が反対している状況で、総理が治安出動を命じることは困難でしょう。
警察の常駐は不可能な上、有事に迅速な治安出動を発令することも困難と予想される以上、自衛隊を常駐させるしかないという考えです。
しかし、常駐させていても領域警備の権限がなければ、何もできません。全島を駐屯地ということにしてしまえば、駐屯地の警備という建前も作れますが、駐屯地警備を根拠として領域警備を行うというのは、はなはだ不適切です。そこで領域警備法を制定し、任務を付与した陸上自衛官を常駐させれば、自衛官が、“警察”として対応できるということです。
民主党政権時の2010年に発生した尖閣諸島中国漁船衝突事件などの際に、日本政府がもっと毅然とした態度をとっていれば、状況はここまで悪化していなかったでしょう。しかし現実は、中国の海警、武警が『釣魚台の治安と領域を守るため』と称して上陸してくることを本気で警戒しなれけばならないところまできてしまいました。領域警備法の制定は必須なのです。
【7】もう1つの必要性と法の形態
実は、ここまで全く触れてこなかった、領域警備法制定の必要性がもう1つあります。それは、【4】で触れた、航空自衛隊が実施している領域警備である“対領空侵犯措置”です。
対領空侵犯措置は、自衛隊法で実施することが規定されています。しかし、防衛出動、海上警備行動や近年になって付加された弾道ミサイル対処などと異なり、権限規定と呼ばれる規定、明確に言えば武器を使用することを可能とする規定が存在しないのです。
弾道ミサイル対処でさえ、「弾道ミサイル等の破壊のため必要な武器を使用することができる」と規定されています。ですが、対領空侵犯措置では「領域の上空から退去させるため必要な措置を講じさせることができる」とされているのみで、武器を使用することについては、国会答弁などで可能という政府見解が示されているだけに過ぎません。
これは、対領空侵犯措置において、航空自衛隊が警告射撃を含む武器の使用に慎重になっている理由として改善されないまま残っています。領域警備法が制定されるのであれば、当然、これも併せて是正されるべきでしょう。
この問題については以上に留めますが、部会の参加者にも正確に認識されてはいないようです。おそらく、航空自衛官だった宇都隆史参議院議員くらいしか、正確に把握されていないでしょう。
さて、ここまで領域警備法と、既に存在している自衛隊法について、あまり区別することなく書いてきましたが、相当にオーバーラップすることが分かると思います。私見として述べるならば、私は、領域警備法を新たな法律として制定するのではなく、自衛隊法の改正として、対領空侵犯措置はもちろん治安出動や海警行動と併せて整理するのが最上だと考えています。
いずれにせよ、領域警備法が必要であることは間違いありません。
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