ショートステイを今回2泊3日にしてもらった。明後日までは…自由だ!|時をかける老女|中川右介 - gentosha.jp

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ショートステイを今回2泊3日にしてもらった。明後日までは…自由だ!|時をかける老女|中川右介 - gentosha.jp

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母の誕生日がきた。92歳。静岡で少女時代から大人になるまで暮らしたことは覚えているが、東京に出てきてから、どこに住んだかも、結婚のことも何も思い出せない。「大昔のことだから、忘れてしょうがないよ」と慰めると、「我ながら、悲しくなってきたから寝る」と就寝。翌日、そんな会話すら忘れ、彼女の新しい一日が始まった。

(写真:iStock.com/nadia_bormotova)

2021年2月23日 火曜日

<介護119日>

祝日だがデイサービスへ。曜日確認の際、天皇誕生日であることも知ったはずだが、特別な発言はなし。

 

来週は母の誕生日なので、「もうすぐ誕生日だね」と言うと、驚き、カレンダーを眺め、「あら本当ね」「いくつになるの」「えっ」と絶句し、しばし沈黙。「いま、いくつだったかしら」数秒考え、「91よね。だから、92になるのね。信じられないわね」

どんな面接でも、誕生日を訊かれると、すぐに「昭和4年3月3日」と答えられるのだが、それがもうすぐだということにつながらない。クリスマスも正月もスルーだったから、こちらから言わなければ、3月3日になっても、自分の誕生日だとわからないかもしれない。

昨日よりは花粉症もおさまっているので、今日は外へ行かないことにして、仕事。しかし集中力がやはり続かず、効率は悪い。今日も妻が午後からくる。

デイサービスから定刻に戻る。夕食は妻が支度しておいてくれたので、温めるだけ。

「今日は疲れたから、早く寝る」「何がそんなに疲れたの」「なにって、朝から会社に行ったでしょう」ちょっと様子がおかしい。「会社に行ったの」「あそこは会社じゃなかったかしら。そういえば、社長さんがいないわね」「デイサービスでしょう」「そうなの」「今日は何をしたの」「忘れちゃったけど、疲れたのよ」

というわけで、いったん18時過ぎに寝る。

だが、また起きてきて、「わからなくなった」と言ってくる。リビングに私の本が並んでいるのだが、それを見て「中川右介はペンネームなのよね」と言うから、「本名だよ」「いつから、そうなったの」「あなたが離婚したから、中川になった。あなたも中川でしょう」「そうだったかしら」

(写真:iStock.com/irkus)

いよいよ「私は誰?」が近いのか。

しばらく調子がよかったが、ここ数日、かなり悪くなっている。

9時からのスクールポリスのドラマでは、男子中学生が祖母を介護するはめになり、堪えきれず、河原へ連れて行き心中しようとする話だった。

選んで見ているわけではないが、最近、こういう話のドラマや映画にぶつかる。

2月24日 水曜日

<介護120日>

今日はデイサービスのない日。緊急事態のおかげで、外に出ようとしない。

私が仕事中と認識し、自分の部屋で、おとなしくしていた。

昼はインスタントのパエリア。

午後は、昼寝していたよう。仕事は、捗る。17時半、夕食。

入浴し、19時就寝。

2月25日 木曜日

<介護121日>

今朝はしっかりしていて、木曜日でデイサービスへ行くと分かって、食事。混乱もなく、出発。

私は今日も花粉を警戒して、外出せず。午後から妻が来て、ローストビーフを作る。

(写真:iStock.com/olegtoka)

16時過ぎ、定刻に5分ほど早く、帰ってくる。

テレビで、緊急事態、感染者、などの単語のたびに、それは何? といつもの会話。

コマーシャルに吉永小百合が出て、「見たことある」「吉永小百合」「え、こんなだったかしら」

「疲れたのでお風呂に入らないで寝る」と部屋へ行ったが、30分ほどして、「眠れないから、お風呂に入りたい」と、初めてのパターン。

沸くまで待つ間、なぜか、スター・ウォーズの写真集を見て、「なに、この変な顔」ヨーダのことらしい。「なに人なの?」「宇宙人」「どこの宇宙人なの」「銀河共和国」「そんな国、知らない」「映画の話」「映画? わたし、見たかしら」「どうかね」「面白いの?」「面白いよ」「映画なんて、何年も見てない」

なんて話してたら、「もうすぐお風呂が沸きます」の声。

入浴後、すぐに寝る。

2月26日 金曜日

<介護122日>

昨晩はローストビーフをパンと食べた。残ったので、今朝はパンとローストビーフ。

「あら、昨日の残りね」と、初めて前夜食べたもののことを覚えていた。しかし、肝心のローストビーフは忘れている。

デイサービスへ。今日は入浴だと言うと、分かっているよう。「お風呂なんてない」論争は終わったと思っていいのか。

午後から妻がきたので、散歩。今日は花粉も「少ない」。

戻ると、寿司飯ができていた。妻と手巻き寿司。3時に『クラシック音楽の歴史』の増刷祝いでケーキ。

母はデイサービスから定刻に戻る。

17時半、夕食。手巻き寿司は、5回目くらいだと思うが、食べ方を忘れている。教えても、二巻目ですでに、一から説明。その繰り返し。

(写真:iStock.com/Iamnee)

8つ食べたのに、「まだ3つ」だと言い張る。

寝る準備をした後、「わたし、頭が変になった」と言ってくる。「お金がない、貯金通帳もないけど。あなたが持ってるの?」「預かってるよ」「なら、必要な時、言えばいいのね」

珍しくお金の話。

安心したらしく、すぐ寝る。

2月27日 土曜日

<介護123日>

深夜の「朝まで生テレビ」に菅直人氏が出るので、録画しておいたのを、朝7時半頃から見ていた。

「かんなおと」というテレビからの音声に、母は反応し、菅さんが映ると、「あら、まだ生きていたのね」と不穏当な発言をする。知り合いだという記憶はあるらしいが、はっきりは分からない。それでも政治家だということも分かっていて、「静岡が選挙区よね」と言う。自分が昔住んでいたのが静岡で、昔の知り合いのような気がするから、という連想だろうか。

「東京だよ。前は東久留米も選挙区だった」と言ったが、「東久留米市」が記憶にないので、よく分からない。

討論内容は、まったく関心がない。3.11の地震も津波も原発事故も彼女の記憶から消えているらしい。

土曜日のデイサービスは8時55分と、いちばん遅い出発なので、時間をもてあます。

今日は妻が午前中から来て、一緒に昼食。ローストビーフで手巻き寿司。

母は、妻と会うと混乱するので、帰る前に妻は出ていくことになっている。

母との夕食は焼き魚など。

今日は、「あなたのお父さんは誰なの」が始まる。答えると、次の質問がきて、面倒になるので、「誰なんだろうね」「あなた、知らないの、自分の親なのに」と怒り出し、話はますますややっこしくなる。

一生懸命に思い出そうとしているのだが、全然、思い出せない。嘘をつくのも疲れるので、父の名を言うと、「ああ、背の高い人ね」と何かを思い出す。しかし、出会いも、結婚の経緯も、その後の生活も、離婚の理由も、何も思い出せず。

静岡で少女時代から大人になるまで暮らしたことは覚えているが、東京に出てきてから、どこに住んだかも、何も思い出せない。

「大昔のことだから、忘れてしょうがないよ」と慰めると、「我ながら、悲しくなってきたから寝る」と就寝。

思い出そうとするだけマシなのかもしれないが、頭の中は、どうなっているのだろうか。これも一種の記憶喪失なのか。

2月28日 日曜日

<介護124日>

昨日のことは全て忘れて新しい一日が始まる。本当にそうだから、恐ろしい。

日曜日で、どこにも行かないと何度も確認。部屋に入るが、30分ほどで出てくる。その繰り返し。

散歩に行くと言って出て、15分ほどで、戻る。「帰って来れないといけないから」

昼食はパスタ。

午後は、花粉症のクスリのせいか、3時間も昼寝をしてしまった。その間、母が何をしていたのかは不明だが、異変はなし。「パン屋に行きたい」と言うので、買ってきてもらい、夕食に。

入浴せずに18時就寝。

平和な日曜日だった。

3月1日 月曜日

<介護125日>

今朝は曜日の混乱がひどかった。自分で新聞を取りに行かないと、何曜日なのか信用できないらしい。何度も「月曜日」だと言うのだが、信用しない。

「いつから、月曜日になったのよ」と怒り出す。多分、明治の初めに太陽暦を暦とすると決めたときから月曜日になったのだと思うが、そういう問題ではない。

毎朝、その日に着替える下着を袋に入れて、「○曜日」と書いておくのだが、絶対に「月曜日ではない」と言い張り、着替えようとしない。何度言っても信用しないので、「もうそのままでいいよ」と食事にする。

(写真:iStock.com/Elena Sharipova)

朝ドラの途中で「昭和4年(1929年) 3月」と字幕が出ると、「あら、私が生まれたときだわ」と言う。そして、「今日はもう3月なのね」と、新聞とカレンダーを見て、確認し、「一日で月曜日」とようやく認める。

食後、部屋に戻ると、当然のことながら「月曜日の下着」と書いた袋がある。

「月曜日なのに、着替えなかった」と、驚く。今度はあわてて着替える。

そんなドタバタもあり、迎えに来るときは、まだ準備ができず、数分、待ってもらう。

今日も執筆。午後から妻がくる。

『市川雷蔵と勝新太郎』という本を書いているので、市川雷蔵の映画を、それぞれでアマプラやDVDで見ているので、その話など。

16時45分に母が戻る。まだ月曜日かどうか混乱している。

「わけがわからないので、寝る」と言って、18時就寝。

3月2日 火曜日

<介護126日>

今朝も「きょうは月曜日」と主張し、新聞を見せても、なかなか納得しなかった。

定刻にデイサービスへ。

昼食後、今日は花粉が少ないので、3日ぶりに駅まで歩く。

デイサービスから戻る。スタッフの人が「みんなで誕生日のお祝いをしました」と言っていた。明日が誕生日だが休みなので、今日、祝ってくれたらしい。

夕食時、「どんなことしてもらったの」と聞くが、「何もしてもらってない。誕生日のことは、誰にも話してない」と全面否定である。忘れたのではなく、「何もなかった」と言う。謎だ。

「風邪っぽいので、お風呂は入らない」と言い、部屋へ。

しかし10時になっても、まだ起きてテレビを見ている様子。

3月3日 水曜日

<介護127日>

3月3日と、新聞で確認し、「あら、今日は誕生日だわ」

デイサービスはないの日なので、うちにいる。

「午後、F 子ちゃんが来るよ」と言う。弟の娘、つまり母の孫。

「だれ、それ」たった一人の孫の存在も忘れている。

「あなたの孫」「私に孫なんかいないわよ」「いるんだよ」「孫がいるのに、なんで今まで会ったことがないの」「何百回も会っている」

写真を見せても思い出さない。

お客さんが来るので掃除機をかけてもらう。

昼食はうどん。

2時頃、姪のF子がケーキを持って来てくれる。大学4年で就職も決まっている。しかし、会っても思い出さない。「初めて会う」と言い張り、会話もぎこちない。せっかく来てくれたのに。

「どこにいるの」「なぜ一緒に暮らさないの」「私はここに来るまでどこにいたの」と話は何度もループする。

(写真:iStock.com/savelskaya)

一時間ほど相手をしてくれていたが、母も疲れ果て、「ちょっと休む」と寝てしまった。

夕方、起きてくる。

「さっき、女の子が来てたわよね」「そうだよ」「知らない子だったから話さなかったけど、だあれ」「孫のF子」「そんな子、知らない」

写真を見せ、今日のことは思い出すが、初めて会ったと言い張る。

去年の正月に会った時は、普通に話していたが、14か月で訳がわからなくなった。

夕食は赤飯と鯛。

92歳。やれやれ。

3月4日 木曜日

<介護128日>

母は元気だが、私は1月、2月と原因不明の高熱が出た。還暦過ぎての知恵熱だ。

これは介護ストレスが原因だと勝手に診断し、ショートステイを、前回は1泊2日だったが、今回は2泊3日にしてもらった。

昼食後、自宅から徒歩5分の特養へ。ロビーに雛祭りの人形があったので記念撮影。

「92歳なのよ」と自慢。年齢だけは間違えない。

というわけで、明後日まで介護はお休み。

自由だ!

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February 28, 2022 at 04:09AM
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