第187回 尻|あぁ、だから一人はいやなんだ。|いとうあさこ - 幻冬舎plus

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お尻。そもそも人のお尻をジロジロ見る事なんてないし、ましてやその中心に鎮座なさっている……なんてお呼びいたしましょう。“出口”といたしましょうか。その“出口”を凝視するなんてことは普通あり得ない。ただ一度だけ30歳の時、電波少年で半年無人島生活した際に生み出した2大コンテスト。“美乳コンテスト”と“尻の穴コンテスト”。前者は読んで字の如く、“美しき胸”を選ぶ。一応私が優勝したということもちゃんと書いておこう。ふふふ。そして後者。これも、読んで、字の如し。ええ、ひどいです。まあ無人島で物も道具もないし、異常な空腹からか、もう何が何だかよくわからなくなっている時なのでどうぞご勘弁。ちなみにこちらの審査基準は“美しさ”じゃなく“面白さ”。もう一度書きます。ええ、ひどいです。でも不思議なもので人のその“出口”をずーっと見ていると一つ一つ違うその具合に“人間”という動物の歴史や悲哀が見えてくる。本当に大げさではなく、そう思えるほど“面白”かった。

ただこれは特別な状況での話、なんですが実は私、“普通”の状態でも一度だけ、人様の“出口”をまじまじと拝ませていただいた事があるんです。その唯一のお方が、三遊亭円楽師匠。あれは10年近く前のこと。人間ドックを受けるロケでご一緒いたしまして。いろんな検査をする中、師匠が直腸検査って言うんですかね? お尻の穴に先生が直接指を入れて調べるアレです。アレを受けるべく診察台の上へ横になられまして。それを周りで見守るという。普通だったらお尻をうちらがいない側へ向けて、お顔を見ながらあーだこーだ言うと思っていたら、まさかのお尻がこちら向き。そうなるとねぇ、やっぱり見に行っちゃうんですよね。なんかね。そこでうっかり発見してしまったんです。師匠のお尻についていた、トイレットペーパー。

「師匠! お尻にティッシュ、ついてますよ!」

そこから仲良く、と申しますか、かわいがっていただくようになりまして。だって“出口”という大事な部分をこんなにちゃんと拝見したわけで。これ動物だったら相当心を許した行動ですよ。もう家族、です。我が劇団・山田ジャパンの公演があると言うとわざわざチケットを購入して観に来てくださり、毎年やる単独ライブは結局日程が合わなかったのですがいつも気にしてくださった。「笑点」お正月スペシャルのようなガッチガチに緊張する収録にお邪魔した時も、言葉を交わさずとも師匠と目が合うだけですごく安心したのを覚えています。

プライベートで一度、二人で飲みに行かせていただいた事も。待ち合わせは銀座の“キャフェィ”の前。“喫茶店”でも、いわゆる女子のカフェ巡りの“カフェ”でもない。キャフェィと発音したくなるような老舗のお店。その前にいると師匠、まさかのキャフェイの中から登場。私もだいぶ早めに参りましたが、師匠の方がより早くいらしていたのです。まずは師匠行きつけのおでん屋さんとお寿司屋さんを梯子。しかもそれぞれのお店を出る時に「これから△△(お店)をまわるから○時に△△に持ってきて」と帰りにちょうどいいタイミングで受け取るようにお土産を注文するんです。信じられます? そのお土産いただくの、私なんですよ。そもそもお店で十二分にいただいているのにさらに、です。そして最後はクラブって言うんですかね。素敵なママさんがいらっしゃるお店へ。私その時40歳過ぎていましたが、やっぱり慣れ度や立場から言ったら完全に“小娘”。そんな小娘の私にもママさんはとにかく丁寧に接客してくださり、どんな話でも会話になるその知識の幅広さに感動。まさに大人の社交場です。帰る頃には例のお土産たちも届き、お店の前にはちゃんとお車の用意まで。私はその車が停まるには不釣り合いな小さなアパートに帰って行ったのです。

場所も不慣れな銀座だし、ましてやご一緒しているのは師匠だし。もちろん緊張はしました。しまくりましたが、それを越える豊かな時間。ホントはド後輩の私がやらなくてはいけないのに、終始師匠が“これぞ至れり尽くせり”な細やかなお気遣いラッシュで。いろんなお話もできて、知らない世界もたくさん見せていただいた、貴重な夜でした。

そして忘れられないロケも。3年前、二人旅をする番組のオファーが。「どなたかご一緒したい方、いらしゃいますか?」と聞かれ、超ダメ元で師匠のお名前を出させていただきましたところ、まさかのOK。5月の終わり、師匠と二人で京都を一日まわりました。その時、師匠は肺ガンの手術をなさってまだ半年ちょっとくらいの頃。しかもその日は5月とは思えない暑さ。お身体大丈夫か心配いたしましたが、そんなことはどこ吹く風。とにかくパワフル。スタートの錦市場から食べ歩きをしていると、通りすがりの酒屋さんの入口でお酒を売っていて。「これ飲んでもいいですか?」とスタッフさんに伺う事もなく、二人とも当たり前のようにコップ二杯の地酒を注文。片手にウナギの串で、二人、グビリ。かき氷屋さんでは横に添えてあるシロップをかけずに、氷の方をスプーンですくってそのシロップに浸けて食べる、という夢の食べ方を開発。うどん屋さんではものすごい量の薬味が出てきて「もうこの薬味で飲めるな」とこれまたコップに升をひいた、あのガブガブスタイルで日本酒を。二人してあっという間に飲み切って「これ置いといたら自然に増えるんだ」とか言いながら空いた酒器をテーブルの端に置いておかわりをねだったり。途中、病気の話になると「お医者様が言うんだよ。『よかったですねぇ。肺ガンは酒が飲めますから。』って」と笑いながらおっしゃった。

最後はすっぽんのお店。熱燗にすっぽんの出汁を入れた“すっぽん酒”が出されると普通のお酒もいただいて、二人とも両手に酒で大笑い。「師匠、今日の旅はいかがでしたか?」と伺うと師匠、急に涙ぐまれまして。「最近泣き上戸なんだ」と。そしてこうおっしゃったんです。

「生きてる事が嬉しいね。一日一日ありがとう。」

ちなみにこのロケの前に師匠からメールを頂戴いたしまして。「あ、言い忘れてたけど、いとうあさこからの指名だからロケ受けたんだからね。よろしく。」ずるいよ、師匠。そんな最高に嬉しくて幸せなお言葉、ずるいよ。

正直申し上げるとまだ師匠がいなくなってしまった実感がありません。いっぱい笑って飲んでお話して。そんな日がまたすぐ来るような気がしてしまう。師匠の「生きてる事が嬉しい」を噛み締めながら、そしてそう思えるよう、より大事に一日一日を生きていかねば。ああ、師匠と飲みたいなぁ。

【本日の乾杯】異国ロケにて。メニューが英語なので、自分の少ない英語力でそのメニューの説明文を読み解いていく。その解釈は往々にして間違っていて、こないだは“エビのクリーム煮 パスタ添え”だと思って注文したけど、ガッツリの“エビのクリームパスタ”が来た。特盛くらいの量あったので半分お持ち帰り。ただ、クリームがとても濃厚でべらぼうに美味しかった。

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