被害者の側に立つこと 鶴丸哲雄 - 西日本新聞

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被害者の側に立つこと 鶴丸哲雄 - 西日本新聞

 新人時代の苦い体験である。入社3カ月目で特ダネを拾った。ある市のソフトボール協会主催の公式戦で乱闘があったという。市は3年後の国体開催地に決まっていた。

 協会幹部や関係者を取材。一方のチームの3選手が全治5日から1週間のけがをしたことをつかんだ。一番けががひどい選手を訪ねると、頭に包帯を巻き、仕事を休んでいた。腰が一番痛むという。こんな証言を聞いた。

 「延長戦で勝ち越したら、相手チームの監督が金属バットを振り回して殴りかかってきた。選手たちも叫びながら向かってきて、チームメートはグラウンドを逃げ回った。自分は監督から腰をバットで殴られた」。これでは乱闘ではなく一方的な暴行である。

 その証言に基づいて記事を書くと、上司から「記述が一方的過ぎる」と駄目出しが。唯一、第三者の審判は取材に固く口を閉ざした。相手チームの監督は「バットは持っていただけ」と釈明したが、記事には入れなかった。結局、手直しされた原稿は被害チームにも非があったかのような内容に。夕刊社会面トップを飾ったが、見出しは「暴行」ではなく「乱闘」となった。

 本紙の報道を受け、協会はただちに加害チームの選手全員を公式戦から永久追放。後追いした他紙は一方的な暴行があったと報じた。

 つらい声を十分届けられなかった。「こんな思いは二度としたくない」と落ち込んだ末、こう誓った。

 被害者の側に立つ-。

 とはいえ、そのすべを見いだせず30年余り。2月まで95回、聞き書き「一歩も退(ひ)かんど」を連載した。語り手の川畑幸夫(さちお)さんは鹿児島県警による冤罪(えんざい)、志布志事件の最初の被害者。取調室で肉親の言葉を書いた紙を踏まされた。

 こうした事件報道で悩ましいのが、被害者の主張と、裁判所や警察の事実認定の食い違い。例えば、一般記事で踏み字の回数を記述するなら確定判決の「1回」と書かざるを得ないのだが、川畑さんは「約10回」と記憶していた。

 幸いこの連載は聞き書きスタイルだったので、川畑さんの主張をいくらでも活字にすることができた。読者からは「こんなに警察を批判して大丈夫か」というお電話も。

 そんなふうに回を重ねるうち、自分が川畑さんと一体になって怒ったり泣いたりしている奇妙な感覚に陥った。妻の順子さんからは「まるで自分が体験したように書くね」との感想を何度も頂いた。

 被害者の身になる。それが被害者の側に立つということだったのか、と実感している。 (くらし文化部編集委員)

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