【連載小説】夢は交流会で、演出家のハスミレンタロウと再会するが……。夢と現実のはざまでもがく、〝こんなはずじゃなかった〟私たちの人生。 こざわたまこ「夢のいる場所」#4-2 - カドブン

07.54
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こざわたまこ「夢のいる場所」

※本記事は連載小説です。

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 一息にグラスの残りを飲み干すと、ウーロン茶に混じった安い焼酎特有のえぐみが舌に残った。
「おかわりいかがですか?」
 スタッフに声を掛けられ、二杯目の烏龍ハイを注文する。グラスを受け取って立食コーナーへ立ち寄ったものの、入れ替えのタイミングなのかオードブルはほとんどなくなっていて、干からびたラザニアの皮とレタスの割合が異様に多いシーザーサラダをもしゃもしゃ食べ続けるはめになった。
 ふと顔を上げると、私達のテーブルからは少し離れた場所に、見慣れた後ろ姿を見つけた。今日子だ。スタッフを中心に構成されたテーブルで、数人の参加者たちと楽しそうに歓談している。
 声をかける機会をうかがっていると、今日子も私に気づいたらしく、それまで会話を交わしていた相手に頭を下げ、小走りでこちらに近づいてきた。今日子、と手をあげたものの、その続きがなかなか頭に浮かばない。
 何を言おうか迷っていると、今日子はそんな私を気遣ってか、自分から口を開いた。
「結局来ちゃった」
 そう言って、小さく肩をすくめる。今日子とは、例の喫茶店で会って以来だ。ここに来るかどうか、ずっと悩んでいたようだけど、結局参加することに決めたらしい。
「……大丈夫?」
 思い切ってそう聞いてみたものの、何が、と切り返され、黙り込んでしまう。大丈夫、というのは、今日子自身のこともそうだし、翔太との関係のことだってそうだ。本当は、今日子に聞きたいことはたくさんあった。
 翔太はまだ、会場に来ていない。仕事で遅れる、と事前に連絡が入っていた。本当だろうか。でも、だからこそ今日子は来られたのかもしれない。そんな風にいくつかの疑問が頭に浮かんだけど、結局それらの核心をつくことはできず、私は代わりに、ちゃんは、と聞いてみた。今日子は気まずそうな表情を浮かべ、静かに首を振った。
 萌々ちゃんは翔太とやり合って稽古場を飛び出して以来、私達の前に姿を現していない。萌々ちゃんの友達が間に入ってくれているようだけど、そもそも連絡が取れないらしい。主役がいない以上、稽古はストップすることになる。しばらくは代役でしのぐことになりそうだけど、それも限界があるだろう。そもそも、本番までは後二ヶ月もないのだ。全員の頭に、降板、という言葉が浮かんではいるものの、誰もそれを口に出せずにいた。
 なにも言えず黙り込んだ私を見て、そっちこそ大丈夫なの、と今日子が首をかしげた。
「ハスミさん」
「え?」
「久しぶりなんでしょ? 前にゆめがアモックの舞台に出て以来?」
 ああ、まあ、と答えを濁すと、駄目じゃん、ぼんやりしてちゃ、と眉をひそめる。
「また夢が使ってもらえるように、ちゃんと挨拶しなきゃ」
 すると今日子が突然、そうだ、と言って、ぐいと私の腕をつかんだ。
「あたし、一緒に行ってあげようか。そしたら──」
 反射的に、今日子の手を振り払っていた。やめて。そう口に出した直後、はっとして、ごめん、と小さく謝る。今日子は傷ついたというよりも、不思議そうな顔していた。
「夢がいいなら、別にいいけど……」
 それ以上会話は弾まず、なんとなく気まずい空気が流れる。
りゆうせい君、さすがだね」
 二人でなんとはなしに会場を眺めていると、今日子がふいにそんなことを呟いた。あそこ、と言われて首を回すと、奥のテーブルで、誰かに向かってオーバーリアクションを取る劉生君の姿が目に入った。彼は持ち前のコミュニケーション能力を発揮して、すっかりこの場にんでいるらしい。そのテーブルにはかなり有名な劇団の看板役者や演出家もいたけど、まったく物じする様子がない。彼らしいといえば、彼らしかった。
「あ」
 劉生君の話し相手が誰なのかに気づき、思わず声が出た。その人は、わざとらしいくらいの営業用スマイルを顔に貼り付け、絶えず周囲に話題を振りまいている。
 彼女はこの会場で、ハスミレンタロウの次に「演劇ぶっく」と「ステージナタリー」に載った回数が多く、ハスミレンタロウの次に集客力が高く、ハスミレンタロウの次に演劇ライターの知り合いが多い。つまり、この空間における二番目のきようしやだ。誰もがつながりを求めて、彼女の元へと集まってくる。甘い樹液に群がるありのように。あるいは、ゆう灯のばゆい光に魅せられ、身を焦がそうとする羽虫のように。
ほうじようさん、だっけ」
「え?」
 あの人、と言われて、驚いて振り返る。
「そうだよね、あれ」
「……うん、多分」
 は今日、珍しく黒のオールインワンに身を包んでいる。その代わりなのかなんなのか、唇にはあかいリップをつけていた。私がつけても、おてもやんかおたふくになってしまいそうなそれは、派手な顔立ちの莉花にはよく似合っている。
『赤が好きなの。私に似合うから。私は、私に似合うものだけが好き。そうじゃないものは、いらない。そんなもの、いくらもらったって無価値なの。夢もそう思うでしょう?』
 いつだったか、莉花はそんなことを語っていた。莉花のよく通る声が、鮮明に頭によみがえった。莉花の声は、いつだって芝居がかっている。それが記憶のせいなのか、元々そうだったのか、く思い出せない。
「今日、オーディションだったんでしょ?」
 今日子がふいに、そんなことを聞いてきた。
「え」
 予期せぬ質問に、どうしたらいいかわからず固まってしまった。なんで今日子がそれを知っているんだろう。誰にも言っていないはずなのに。私がよほどいぶかし気な顔をしていたせいだろうか。自分でそう言ったんじゃん、待ち合わせに誘った時、と言って今日子が私を肘で小突いた。そこまで言われて、ようやく思い出した。
 今日子の言う通り、私は今日の昼にひとつオーディションを済ませて来た。先月、こやなぎさんとのミーティングの終わりに告げられた、舞台のオーディションだった。私にとっては、最後のチャンスといってもいい。演劇界では一定の評価を得ている、著名な女性演出家の新作公演。その演出家は、古典戯曲を新しい解釈で蘇らせることで有名だった。この世界ではかなりの古株で、うまくいけばキャリアアップの足がかりとなる。
 本当は、時間を調整すれば十分今日子が提案した待ち合わせの時間には間に合ったし、一緒にここに来ることもできたけど、オーディションの後は誰とも会いたくなかった。なんならうそをついてもよかったのに、とつに本当のことを伝えてしまった。私はどうして、こういう時だけうまく演技ができないのだろう。
「うまくいった?」
 興味津々という面持ちで今日子が聞いてくる。まあまあかな、とはぐらかして答えると、大丈夫だって、絶対受かってるよ、と私の肩をたたき、力強くほほんだ。
「あたしからすれば、オーディション受けられるだけでもすごいし。あたしには無理だもん、そんなの」
 どうして今日に限って、この子の「あたしには無理だもん」にこんなに腹が立つんだろう。そうでしょうね、あんたには。でも、私は違う。だって、私は女優だから。オーディションを受けるだけじゃ、何にもならない。何も満たされない。思わずそう言い返しそうになり、でもやっぱりそれは、声にはならなかった。すると突然、今日子が、あ、と声を上げた。
「翔太だ」
 今日子は、ごめん、と断りを入れてからスマホを耳に当て、その電話に出た。会話の内容まではわからないけど、今日子の話しぶりは至って明るく、朗らかで、とても別れの危機にひんしている恋人同士のやり取りとは思えない。
「来たって。入り口で迷ってるみたいだから、ちょっと迎えに行ってくる」
 そう言ってスマホをしまい、出口の方へ歩き出そうとする。次の瞬間、今日子は急に立ち止まってこちらを振り返った。
「翔太、喜ぶんじゃないかな」
「え?」
「ハスミさんのこと。あいつ、すごいファンでしょ? アモックの。今日会えるって知ったら、びっくりすると思う。ねえ夢、やっぱり挨拶しにいっちゃだめ? それで、ファンですって翔太のことを紹介とか──」
「……それって、誰のため?」
 思わず、そんな言葉が口からこぼれ出た。今日子がきょとんとした顔で私の顔を見つめていた。
「今日子って、もうちょっと自分の意志とかないの?」
 今更翔太に尽くしたところで、どうせ別れちゃうかもしれないのに。そう口に出してから、はっとする。なんで私、こんなことを。
「……あの、ごめん。そういう意味じゃなくて──」
「それって、いけないこと?」
「え」
「自分のためじゃなく、誰かのために何かしてあげたいって、そんなにいけないこと?」
 どうせ、別れちゃうとしても。その言葉に顔を上げると、今日子はくるりときびすを返し、私に背を向けて会場を去って行った。

 ドアを開けると、空調機から流れ出てくる冷たい空気と、いがらっぽい煙草たばこの煙がいっしょくたになって、顔に吹き付けるのがわかった。決して心地いい香りじゃないのに、どうしてか少しだけ心が安らぐ。
 喫煙室には、すでに何人かの先客がいた。全員、顔見知りでないことにほっとする。その方が都合がいい。彼らは気を遣ってくれたのか、私に気づくと顔を見合わせて、ぞろぞろと喫煙室を出ていった。悪いことをしてしまったかもしれないと思いつつ、そのまま床にしゃがみこみ、ゆっくりと息を吐いた。空調のせいか、ここは会場よりも少し温度が低い。人の熱気で酸欠気味になっていた脳に、少しずつ酸素が送り込まれていく。誰もいなくなった途端、この場所の静かさが際立ち、耳を澄ますと意外とはっきり会場の声が漏れ聞こえてくるのがわかった。
 聞こえたのは、薄い壁越しにたむろっているらしい若い男女の会話だった。きっと同じ劇団の仲間だろう。話の内容から、彼らもまた社会人劇団らしい、ということがわかった。
 いまひとつ、この集まりに馴染めていないらしい。そのうちの一人が、うわ、という悲鳴を上げた。
「まただよ。公演中止」
「え、今年何回目? てか、理由は?」
「脚本が間に合わなかったんだって」
「前のもそんなんじゃなかったですっけ」
「プロ意識なさすぎなんだよな、あいつら」
「その枠、私達に欲しいですよね」
 あー、いつかOFFOFFとかでやってみてえ、と誰かが言って、また他の誰かがそれを、一生無理だろ、と笑っていた。
「じゃあせめて、三十までやろうぜ。それ目標で」
 ハードル下げすぎだろ、と一斉にツッコミが入る。そんなの、続けてりゃいつかは達成できるじゃん。
 それを聞いて、笑うよりも先になんだか泣きたいような気持ちになった。いつかの私達みたいなことを言っている。かつては私達もあんな風に、ごうまんで無防備で自信過剰で、そしてあんな風に未来への希望に満ちていたんだろうか。彼らは、ただ続けることの難しさにまだ気づいていない。そしてそれは、彼らにとっては幸せなことなのかもしれない、とも思った。
「『……でも、仕方がないわ。生きていかなければ』」
 思わず、頭に浮かんだそれを呟く。今日、オーディション会場で渡された台本の台詞だ。世界的に有名なロシアの劇作家が描いた代表作。その、ラストシーンだ。それを口にするうち、さっきまでぼんやりとかすみがかったようになっていた昼の記憶が少しずつ蘇ってくるのがわかった。そうだ、次の台詞は──。
「『……きていきましょうよ。長い、はてしないその日その日を、いつ明けるとも知れない夜また夜を、じっと生き通していきましょうね。運命がわたしたちにくだす試みを、辛抱づよく、じっとこらえて行きましょうね──』」

 結論から言って、オーディションは最悪だった。
「はい、ありがとう。では、次の人」
 名前を呼ばれてオーディション会場に足を踏み入れると、演出家は笑顔で私を出迎えてくれた。
「ええと、がわ夢さん」
「はい」
「ではどうぞ、お座りください。リラックスして、答えてくださいね」
 その演出家と、こうしてじかに会うのは初めてだった。前からきれいな人だとは思っていたけど、間近で見ると五十代とは思えないほど肌に張りがあり、爪の先までメンテナンスが行き届いている。後ろにひとつに縛った髪の毛には清潔感があり、一本の白髪も見当たらない。昔は舞台女優として活躍していた、というのもうなずける。もっときつい感じを予想していたけど、イメージしていたよりもずっとやわらかな印象だった。
 オーディション自体は滞りなく進行していった。数人の受験者とともに、本読みやグループワークをこなし、最後に軽い個人面談を受けることになった。といっても、内容は雑談に近い。最近出演した作品は。どんな舞台を好んで観ているか。演技どうこうというよりは、コミュニケーション能力を測るものだろうと思われた。
 正直、そこまで調子はよかった。泣いても笑っても、これで最後だと覚悟を決めていたおかげだろうか。いつになく集中力は続いていて、変に気張ることもなく、肩の力をぬいてオーディションに挑むことができた。
 その勢いもあってか、演出家の質問に、まるでラリーを返すようによどみなく答えることができた。そういうことが、ごくまれにあるのだ。面談は、きわめて和やかに進んでいった。いくつかの問答の末、最後にこんなことを聞かれた。
「演劇を始めたきっかけを教えてもらえますか」
 そこで、私は話した。自分がいかにして、演劇と出会ったのか。自分がどれだけ平凡で、つまらない人間か。初めて舞台に立った時も、緊張ばかりが先に立ち、自分がメタモルフォーゼする感覚も、役にひようする感覚も一切なかったこと。ただ、台詞を読んでいる。それだけだ。自分が役者に向いている、なんて一度も思ったことがない。だからこそ、一度は演劇をやめようとしていたこと。なのにどういうわけか、今こうして自分がここに立っている、その不可思議さについて。
「だから、私は──」
 その時だった。ぱん、と手を叩く音がする。音の主が目の前の演出家だということに気づくのに、少し時間がかかった。
「はい、もう大丈夫です」
 まだ話の途中だというのに、唐突に打ち切られた。突然の終了通告に、さすがに不穏なものを感じて手を挙げる。なのに、演出家は大丈夫です、と繰り返すだけで聞く耳を持ってくれない。
「あの、でも……」
「よくわかりました。よ」
 今までとなんら変わりない、穏やかな口調でそう告げると、演出家はきっぱりと言い切った。
「でもそれは演技ではなくて、噓です」
 意味がわからず、ぽかんと口を開ける。
「あなたが演劇を求めているのではなく、周囲があなたに演劇を求めている、でしたっけ。たしかさっき、あなたはそう言いましたけど。そんなことはないと思いますよ。あなたがそう思い込んでいるだけで」
「は?」
 思わず不満そうな声を漏らした私を見て、演出家の隣に座っていた助演らしき男性が眉をひそめる。慌てて口をつぐんだものの、もう遅い。当の演出家本人は、それを気に留める様子すら見せなかった。私にかまうことなく話し続ける。
「あなたが今欲しがっているものは、多分もう二度と手に入りませんよ。というかそもそも、一度も手に入ったことなんてなかった」
 さっきから、何を言われているのかわからない。一文字も。
「それはもうすでに失われてしまったんです。あなたも気づいているでしょう? あなた達が才能とかギフトとか呼んでいるものは、そういう性質のものです」
 まるで、最初からすべてが決まっていたかのようなものの言い方だった。世界は元からこういう形でこんな風にできていて、あなたが手を出す余地はどこにもありませんよ、と言われたような。
「……じゃあ私はこれから、どうしたらいいんですか」
「自分で考えたらどうでしょう。みんなそうしてますよ、あなた以外は」
 突き放すような口調で、その人は言う。
「あなた、役者である前に一人の大人でしょう」
 何も言い返せず、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
「はいもういいです、ありがとう。どうぞ、お帰りください」
 それを最後に、ほとんど強制的に部屋から追い出された。バタンと音を立ててオーディション会場のドアが閉まる。それを聞いた瞬間、未来へと続く扉が永久に閉ざされたような気がした。ひとつだけわかったことがある。私は、しくじった。最後のチャンスを無駄にしたのだ。多分もう二度と取り返せない。
「『……やがてその時が来たら、素直に死んで行きましょうね』」
 そこにあったはずのチャンスは、跡形もなく私の元から消え去ってしまった。
「『あの世へ行ったら、どんなに私たちが苦しかったか、どんなに涙を流したか、どんなにつらい一生を送って来たか、それを残らず申上げましょうね』」
 自分の声が喫煙室に設置された灰皿に落ちて、ふわりと灰が舞うのがわかった。
「『すると神さまは、まあ気の毒に、と思ってくださる。その時こそ伯父さん、ねえ伯父さん、あなたにも私にも、明るい、すばらしい、なんとも言えない生活がひらけて、まあ嬉しい! と、思わず声をあげるのよ』」
 こんな風に、言えたらよかった。あの演出家の前で。
「『そして現在の不仕合わせな暮らしを、なつかしく、ほほえましく振返って、私たち──ほっと息がつけるんだわ。わたし、ほんとにそう思うの、伯父さん。心底から、燃えるように、焼けつくように、私そう思うの』」
 そこで間を置いて、自分の呼吸が整うのを待つ。
「『ほっと息がつけるんだわ』」
 とその時、パチパチパチパチ、と誰かが手を叩く音が聞こえた。その声に、はっとして顔を上げる。
「すごーい。ちょっと聞き入っちゃった」
 ぜんとして、その人の顔を見つめることしかできなかった。
「でも、なんでチェーホフ?」
「……今日、オーディションで読んだから」
 その答えで納得したのか、なるほど、というように小さく頷き、で? と首を傾げた。
「どういう意味」
「だからその、オーディション。受かりそう? それとも落ちそう?」
 ずけずけと、遠慮のない口調で聞いてくる。関係ないでしょ、と答えると、あきれたように肩を竦め、それ以上深追いをしようとはしなかった。代わりに、なんでこんなとこいるのよ、と口をとがらせる。
「探しちゃったじゃん」
「探してなんて、私」
 言い返そうとしたそばから、すぐに遮られた。私の反論なんて、最初から期待していないみたいに。
「なんだかんだ元気そうじゃん。ていうか、なんでずっとこそこそ隠れてんの?」
「隠れてなんか」
「噓だよ」
 いつもこうだ。他者を断罪しようとする時、この人はこれ以上ないほど確信に満ちた口調で自分の言葉を口にする。
「この前、公演観に来てくれたくせに。全然声かけてくれなかったじゃない」
 それは、と言いかけ、口をつぐむ。
「あたしが気づいてないとでも思った?」
 そう言って、真っ赤な唇を笑みのかたちにゆがめた。
「……莉花」
 その声が、まるで自分のものじゃないように聞こえた。随分長い間、その名前を呼んでいなかったから。莉花は喫煙室のドアに寄りかかり、じっとこちらを見据えていた。その目に浮かんでいるのは、嫌悪だろうか、それとも。私が莉花の名前を口にした瞬間、きれいな弓なりの眉が、かすかにけいれんしたような気がした。

#4-3へつづく
◎第 4 回全文は「カドブンノベル」2020年8月号でお楽しみいただけます!



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