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やっぱりイタリア人ってクルマ好き!【岩貞るみこの人道車医】 - レスポンス
新型コロナのニュースだらけで頭も心も疲弊しつつある今、小難しいコラムを書く気がしないので、今回は私が2年間過ごしたイタリア生活の回顧録をお届けしたい。名付けて「やっぱりイタリア人ってクルマ好き!」。コロナの状況に応じての不定期連載である。
クルマ好きにはたまらないボローニャ
イタリアに渡ったのは、まだEUができる前の1995年のこと。バブル時代に浮かれポンチだった私は、バブルが終わったというのに自分だけ浮かれたままの勢いで仕事をぜんぶ辞めてイタリアにわたってしまった。今考えても、なにやってんだ私?である。当時は、なんとなく海外に行きたい症候群だったのだ。
滞在地として選んだのは、イタリア北部の街、ボローニャ。えーっと、どこでしょうそれ?と、多くの人が思うほど、スパゲッティ・ボロネーゼは有名だけど、ボローニャは知らないという街である。
しかし、実はボローニャは、北にクルマで30分走れば、フェラーリのマラネロがあり、南に40分走れば、アイルトン・セナが亡くなったイモラ・サーキットがあるというクルマ好きにはたまらない立地。もちろん、ランボもドカティも、ボローニャの郊外にある。
もう少し広いエリアで説明すると、ミラノとヴェネツィアとフィレンツェで作った三角形の中心にあり、つまりどこに行くにもアクセスのいい夢のような場所なのである。
イタリア語学学校が斡旋してくれた家族のもとでホームステイを始めた私は、学校が始まるまでのあいだに滞在許可証をとったり、生活に必要な物資(部屋で使うスタンドとか=部屋が超暗い。ボディクリームとか=空気が乾燥していて肌がぼろぼろになる)を揃えまくった。しかし、そんなことよりももっと大切なやるべきことがあった。銀行口座を開くことだ。
もちろん、日本の口座があればクレジットカードで現金がおろせる。それにシティバンク(すでに日本撤退してプレスティアという名前になった)の口座に日本円を入れておけば、イタリアリラ(当時はユーロじゃない)で自由におろせる。しかし、なにを思ったか私は、渡伊前にイタリアリラが大暴落して超絶レートがよかったので、ごっそりリラ買いをしてしまったのである。
日本のシティバンクの口座にあるイタリアリラは、イタリアでは引き出せない。ゆえに、イタリアの銀行に口座を作って、移さなければならないのである。
なにをどうすれば口座が作れるのかわからないけれど、銀行に突撃してみた。選んだのは、バンカ・ポポラーレ・ボローニャ(みんなの銀行ボローニャ支店、みたいなノリ?)。単に、ポポラーレという響きが可愛かった、というどうでもいい理由である。
クルマのジャーナリストだと答えると…
受付のイタリア美人に来店理由を伝えると、彼女は眉間にシワを寄せ、「税金支払い番号は持っているか?」と聞いてきた。そんなもの、持っているわけがなかろう。数日前にイタリアに来たばかりなのだ。
正直にそう伝えると、彼女は首を横にふった。「んじゃ、だめ」。きっぱりそう言った。
いやいやいや。日本の銀行口座にはイタリアリラしかないのだ。これを移さなければ、生活できないのだ(イタリアリラをもう一度、日本円に変えて、イタリアリラで引き出せるようにするしかない。そんなことしたら、為替貧乏極まりないではないか)。ここで食い下がるわけにはいかない。
私は片言のイタリア語で必死に説明した。仕事と勉強のためにイタリアに来ていて、一年ほど滞在しなければならず現金を移す必要があると(最終的には2年居座ってしまったが)。
「なんの仕事をしているのか?」
彼女の問いに、クルマのジャーナリストだと答える。すると、それまで鼻であしらう態度だった彼女は、急に態度を変えた。
乗りだすようにして「F1の取材にも行くのか?」。そう聞いてきた。F1は守備範囲外だが、一応、そうだと(えらそうに)答えてみた。すると、彼女はさっと立ち上がり、「ちょっと待っていろ」というと、どこかへ行ってしまった。そして、もどってくるなり、「支店長が会いたいって!」。
はい? なぜに支店長? 頭の中に「?」が飛び交うものの、言われるままに支店長室に連行されるしかない(そのときの私はまったく余裕がなく、半分、犯罪者気分である)。
部屋の中に入ると、広い部屋にどかーんと大きな机が置かれ、長身のいかにもイタリア男性のお洒落なイケメンが待っていた。
クルサードのヘルメット
向かい合って席に着くと支店長は、あれこれと私がイタリアに来た理由を聞いてくる。たどたどしいイタリア語で、私がなんとか答えているあいだ彼は、ずっと小さな紙の上にペンを走らせている。
そして、ひととおりの質問を終えると、手元の紙を私のほうに見せた。
「これが、なにかわかるか」
描かれていたのは、〇の中に×。しかし、そのデザインに私は見覚えがあった。それは、アイルトン・セナが事故死したあと、ロスマンズ・ウィリアムズ・ルノーのドライバーとなった、デビッド・クルサードのヘルメットだったのである。
「クルサードのヘルメットだ!」
私が大きな声で答えると、支店長は「そうだ!」と答え、満足そうに大きくうなずいた。そして私に口座を作ってくれると約束したのである。
えー、そんなんでいいの?
もう、びっくり。
こうして私は、住民票もなにもない状態だというのに銀行口座を作ること成功した。私の留学生活は、こんなふうにクルマ好きなイタリア人に支えられ、ゆるくいい加減にスタートしたのである。(続く)
岩貞るみこ|モータージャーナリスト/作家
イタリア在住経験があり、グローバルなユーザー視点から行政に対し積極的に発言を行っている。主にコンパクトカーを中心に取材するほか、ノンフィクション作家として子どもたちに命の尊さを伝える活動を行っている。レスポンスでは、アラフィー女性ユーザー視点でのインプレを執筆。コラム『岩貞るみこの人道車医』を連載中。
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